いつか優しいため息のように 5
 --------------------------------------------------------------------------
 
  *
 
 
 
 
 誰かの手が、サンジの体を撫でている。
 ぬくもりが、ゆっくりと肌の上を行き来する。
 ここはどこだろう…?
 サンジはぼんやりと意識を巡らせた。頬に当たるのはシーツの感触。
 ああそうだ、11日。
 ゾロの……誕生日。
 あれからもう、ゾロは……出て行ったのだろうか。
 
 やわらかく、確かめるようにゆっくりとなぞるその暖かさが、今はとてもありがたかった。
 誰でもいいから、そうやってくれる存在に縋りたい気持ちだった。
 まどろみの中で、体は重く動かない。
 誰かが、サンジの体を引き寄せた。
 
 
 あれ、ここは―――どこだったろう?
 
 
「ぅ…――」
 サンジは動かない体を身じろがせ、相手の手を解くように横たわる体に力を込めた。
 指がサンジを追いかけて腰を引き寄せた。
 なぞるように背中を通り、やがて指先はその先にある谷間に潜り込む。
 秘所に伸ばされた指先に、サンジはビクリと体を震わせた。
 
「ゃ…め……」
 誰とも分からぬ男達の指の感覚。
 思い出した恐怖と緊張に体が硬くなる。
 
 嫌だ、そこだけは誰にもやらない。
 けれど熱に浮かされたようにグラグラと頭は揺れ、手足の感覚は再びサンジを離れて曖昧になる。
 
 ――今度はどの男に操立てしてやがるんだ
 どこか遠くでそんな声が聞こえた気がした。
 うっすら開いた瞼の隙間、光と影が渦巻いて笑う。
 まるでサンジが今まで何人も相手にしてるような言い草だ。
 サンジは笑った。
 バラティエで働き始めてからというもの、客や取引相手からそういった類の声を掛けられることも何度かあった。
(――だけど)
 男が自分のケツ守って何が悪い。野郎のそこは一生純潔であるヤツがほとんどだろうが。
 まぁもっとも俺は前だってまだ綺麗だよ。ああ綺麗ですとも。
 男を忘れられないでいる自分の何を嗅ぎつけるんだか、何でホモにはわかるんだろうなぁ、そういうの。
 あ?ヤらせるわけないだろう、勿論。
 未練たらしいと笑えばいい。
 でもそこは絶対誰にもやらねぇ。
 
 ――未練。
 ――お前は一体、誰に想いを残してる?
 
 記憶の底から、誰かが問いかけた。
 ああ、誰だっけ、この声。
 この声は――
 
 意識が、記憶が、ぐるりと回って渦を巻いた。
 
 
 
 
 
 
 *
 
 
 
 
  
 
 懐かしい夢を見る。
 何度も、何度も。
 
 ゾロが酷く優しい声で自分の名前を呼ぶ。
 何もかもが満ちていた、あの時の。
 剣ダコの出来た大きな手で、サンジの頬を撫でる。
 大きな子供が、力加減を誤らないようにぎこちなく触っているようだ。
 もっと乱暴に扱ったって壊れやしないのにと思うけれど、真剣なその眼差しがサンジは好きで、ただじっとゾロが自分を辿るのに任せた。
 
 やがてゾロの表情が歪む。昔から同じ、喧嘩した末に意地を張って酷く泣きそうになっている、あの表情だ。
 そしてゾロはこう口を開くのだ。
 
『俺の事、好きか?』
 
 いつだっけ――ああ、そうだ。
 
 ――俺の事、好きじゃねぇのか。
 
 そう聞くゾロに、あの時自分は確かに、こう言ったんだ
 
『なんか、わかんなくなった。ゴメンな?ゾロ』
 
 あっけらかんと、笑って言った。
 だから試しに――と寝てみたんだけどな、結構……
 
 嫌いと言うまで踏み切れなくて、けれど半端な言い訳なんて意味もないと思った末の言葉。
 でも全部を言う前にサンジはゾロに張り倒されていた。
 だけどそうしてくれたお陰で、その頬の痛みで、泣きそうだった感情が吹っ飛んで、俺は馬鹿みたいに笑った。
 
 
 
 そう、あれ以来だ。
 11月11日。
 この日が来る度に、俺は思い出す。
 忘れたいのに、絶対に忘れられないという事を思い出す。
 
 
 バカだなぁ、ゾロ。
 いや違うか、俺がバカなんだよなぁ。
 そんなこと聞かなくたって。
 
 ――俺はお前しか、好きにならないよ。
 
 ――あの時から。
 ――今でもまだ。
 
 ――そして多分……これからもずっと。
 
 
 ずっと、てめぇしか、いらないのに。
 
 
 
 
 
 
 
 
 *
 
 
 
 
 なんだか頬が冷たいなあ、と思った。
 張り倒されたんだから、熱を持つはずなのに、なんで冷たいんだろう。
 そう思っていたら、不意に熱い何かがサンジの頬に触れた。
 それがサンジの頬から目元にかけてを、すいっと浚う。
 そこで初めて、サンジは自分が泣いていたのだと気がついた。
 
 ――これからもずっと、好きか。
 ゾロが泣きそうな声で言う。
 
 サンジは優しく笑った。
 そんなしがみ付き方を自分にだけ晒す、ゾロがとっても愛しかった。
 愛しくて、抱きしめたくて、益々涙が溢れて止まらない。
 
 ――ああ、ずっと。
 
「―……すき、だ――」
 
 
 
 自分の掠れた声がリアルに響いて、サンジはハッと目を開けた。
 見慣れぬ部屋、ベッドの上の自分。
 そして目の前の椅子に座っていた、一人の男。
 
「―――ッ」
 サンジは声を詰まらせて、その男を凝視した。
 ここがどこなのか、まだ夢の続きなのか。
 混乱したまま動けずにいるサンジの前で、ベッド脇の椅子に座っていたその男はゆっくりと立ち上がった。
 
「……ゾ…」
 頼りない自分の呟きが小さく、静かな部屋に響いた。
 緑色の髪、真っ直ぐに自分を射抜く瞳。
 あれからずっと、心を占めていた存在。
 
 瞬間、サンジは跳ね上がるように起き上がった。
 素早い動きでベッドを飛び下りる。
 しかしその足が床に着く前に、伸びてきた大きな手によってサンジはベッドの上に押し倒されていた。
「……!」
 もがく体を閉じ込めるように、男が体重を掛けて圧し掛かってくる。
 
「離せ…ッ、ゾロ……ッ!!」
 怖いくらい真剣な目が迫る。
 次の瞬間、サンジの唇はゾロによって塞がれていた。 
「―――ッ!?」
 目を見開くサンジの前で、ゾロは顔を離すとサンジの襟首を掴んだ。
 
「――馬鹿野郎がッ!」
 ビリビリと空気が震えるような怒気。
 ただ受け止めるままゾロを見ていたサンジの頬に、衝撃が走った。
 熱い、と思った時には既に再びベッドの上に張り倒されていた。
「え、な……っ?」
 放心したまま顔を上げたサンジの胸元が、ぐいと掴まれて引き上げられる。
 そして再び荒々しく重なった唇。
 最初は確認するように軽く、やがて深く合わさってくるその感触を、サンジはただ呆然と受け止めた。
 息を継ぐのに開いた隙間から、熱い舌先が触れ合って溶ける。
 
 
 ゾロと、キスをしている。
 何度も繰り返し望んだ結末、自分達には絶対に在りえないはずの未来。
(夢、かな……)
 自分はまだ、長い夢を見ているのだろうか――?
 
 
 ぐるぐる夢の中を歩いていた。
 心の中に溜め込んだまま、どこへも開放してあげることのできなかった言葉たち。
 ずっと、聞かれるままに答えていた。
 あれは、誰だった?
 誰――…だった……?
 
 唇が離される。濡れた唇から熱く零れた互いの吐息。
 サンジは、震えそうになるのを堪えてゆっくりとゾロを見上げた。
 
「…どこから聞いて、た…?」
 さっきまでの会話は。あれは――。
 ゾロは何かを押し込めるようにふぅ、と息を吐くと、まっすぐにサンジを見返した。
 
「全部、だ」
 
 
 凍りついたサンジを、ゾロの力強い腕が攫って閉じ込めた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 * 6へ *

 
 
 
 --------------------------------------------------------------------------
 あけましておめでとうございます!今年のコイトカゲはシリアス路線でスタートいたしま…って
 これ前にも書いたな(笑)今年もこんな感じですがどうぞよろしくです。話はまだちみっと続きます。

 
 09.01.01