いつか優しいため息のように 6
 --------------------------------------------------------------------------
 
 
 小さな部屋の、ベッドの上。
 前ボタンの外されたままのコックコートを羽織ったまま、サンジはゾロに抱き締められていた。
 Yシャツ越しに合わさった互いの体が、ひどく熱い。
 
「離せ……」
 抜け出そうと身じろぐも、ゾロは許さない。 
 益々強く固く閉じる両腕に、サンジは情けなく眉を下げた。
 分け合う体温から、鼓動、息遣い、なにもかもが互いに伝わって溶けていく。
 それはまるで、肩を並べて立っていたあの頃のようだ。
 ――けれど、もう、あの頃とは違う。
 
「離せよ、ゾロ。…一体これに、何の意味がある?」
 すぐ傍に感じるゾロの匂いに眩暈を覚えながら、サンジはそっとうつ向いた。
 何度も夢に見た温もり。
 だけど現実は。こんなのは――ひどく、辛い。
 
「だって、お前にはもういるんだろう?」
 きっと、全てを分かち合える人が、今も隣に。
 優しくたしなめるように言ったつもりの声は、情けなくも震えてしまった。
 未だに未練がましい自分が、一番どうしようもない。
 触れ合えた少しの熱で、今までの全てを壊してしまいそうな程、幸せに浸ってしまいそうな自分が。
 
 ゾロの顔を直視できないまま、サンジは穏やかに笑った。
「夢の中で何か言ったかもしれないけど、所詮寝言だ。よく覚えてねぇし、…お前も忘れろ」
 だからもう離せよ。
 そんで……その人を思い出せ。
 
「…ああ」
 獸が唸るように、頭上のゾロが口を開いた。
 
「ああ、いたさ。親父から紹介された女が、そりゃあ優しく慰めてくれたよ」
 ゾロの言葉が、ひどく重く心に圧し掛かった。
 今更わかっていた事だ。口元の笑みを崩さないように張りつかせたまま、サンジはその言葉を黙って聞いた。
 
「でも」
 サンジの背中を抱えるゾロの指先に、ぐっと小さく力がこもった。
 
「料理も、笑顔も、言葉も、仕草も、どんな些細な動作ひとつだって全部お前と違った。
 違う事をそうやって見つける度に、いつもお前を思い出した。
 いつも、いつも、お前を忘れられなかった。
 ずっと、ずっとだ……お前はこれで満足か?――これがお前の望んだ形かよ!?」
 
 叩きつけるように漏らされた言葉に、サンジは呆然と目を開いた。
 目を覚まして新しい道を選んでくれだなんて、ゾロに押し付けて勝手に逃げたのは自分だ。
 だけど、あの後のゾロがどんな道を進んでいたのかなんて、知らなかった。いや、知ろうともしなかった。
 あの女性と一緒に…なんて、漠然と思っていただけで。一方的に打ち切って、ずっと見ない振りをしていた。
 
 怖かった。
 自分一人がいっぱい抱え込んだ気になって、ずっと――逃げてた。
 
 ほろ、と目の端から涙がこぼれ、二人の脚の間のシーツに落ちた。
 頭上でゾロが深々とため息をつく。
 
「どうせテメェの事だ、ちっせぇ頭で色々勝手に考えたんだろうが」
 俯いたままの顔を、ゾロの指がゆっくり引き上げる。
 
 
「俺の気持までテメェが決めんな……アホ眉毛が」
 
 
 語尾が優しくかすれている。
 見上げたゾロの顔は、少し困ったように、あの泣きそうな顔をしていた。
 けれどすぐに口端を持ち上げて笑うと、サンジの目元にキスを落とした。
 目元に、瞼に、眉の付け根に、場所を変えながらゾロの唇が降ってくる。
 
「…っ、それヤメロ…気障ったらしい。そんな技いつの間に身につけやがった」
 学生時代は体力一本勝負のバカで、影から女の子達にストイックで素敵、なんて言われていた男だ。
 ゾロの顔を押しのけ、泣いてしまった気恥ずかしさを誤魔化すようにゴシゴシと頬を擦れば、ゾロは心外だと眉を吊り上げた。
「全部テメェにやりてぇと思ってた事だ。今じゃ現実も妄想もめでたくテメェが占めてるぜ、嬉しいだろう」
「妄想って何だ喜べるかバカ野郎……って、ちょ、待て」
 気づけば背中に回っていたゾロの腕が、コックコートを肌蹴て中のTシャツを捲り上げている。
 さっきまでしんみりしていた雰囲気だったのに、なんだかいつのまにか、空気がおかしい。
 止めに入ったサンジの手を、鼻息を荒くさせたゾロが押しのけた。
 
「うっせ、散々男の手で弄られてやがって。俺にも触らせろ」
「い、弄られてって…!」
 真っ赤になったサンジに、ゾロはフン、と片眉を上げてみせた。
「しかも気持よくキめてたじゃねぇか」
「なッ!?んなことッ……」
「なんなら俺のスーツの上着、見てみるか?」
 ニヤリと笑うゾロに、サンジは赤い顔のまま口をパクパクさせた。
「あっ…、あれは、なんか、テメェの…」
「……俺の?」
 匂いがしたからだ、なんて言えるわけがない
 口ごもったサンジに、ゾロはどこから取り出したのか、折りたたまれたハンカチを手のひらに乗せた。
 
「まぁ、聞きてぇ事は山積みだが」
 ハラリ、と中を開いて、包まれていた小さなものを摘む。
 取り出されたものを見て、サンジは徐々に目をみはった。
 
 
「とりあえずこのプレートの続きを、教えて貰うとこから始めようか?」
「……ッ!!」
 
 書きかけのチョコプレート。
 末尾の2文字がハートで囲ったまま塗りつぶせていないそれを前に、ゾロがニィと凶悪に笑った。
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 * 7へ *

 
 
 
 --------------------------------------------------------------------------
 今回はちょっと短いですが・・!とぅーびーこんてぃにゅううう

 
 09.01.09