いつか優しいため息のように 4
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 コン、と小さなノックに、篭っていた部屋の熱が、一瞬ピタリと止まった。
 
「…誰だ?」
「……か?」
「いや、あいつはまだ会場に残してあるだろ」
 サンジの頭上でひそりと会話が交わされる。
「…出てみろ」
 低い声とともに、サンジの胸元を弄っていた手がすっと離れた。
 
 ハァハァと熱い呼吸を繰り返しながら、サンジはぼんやりと霞む頭の向こうでその声を聞いていた。
 誰かがサンジの傍を離れて立ち上がった。
 それは足音を殺して部屋の奥の扉に近づいて―――
 
 
 瞬間、ドゥッ!と鈍い大きな音がして、何かが弾けとんだ。
 
「ッガ…!?」
 扉の方から大きなものが吹き飛び、床に転がって呻く。 
「…ッてめぇ!?」
 ぶわっと風が入り、開け放たれた向こう側から複数の足音が雪崩れ込んできた。
 サンジの体を放り出すように手は離れ、途端にあたりは沢山の気配が入り乱れて喧騒に包まれた。
 
 何かが殴られる鈍い音、服の擦れ合う音、衝撃、足音、呻き、叫び、苦しげな息遣いの中に埃が舞う。
 前を開かれたままのサンジは、訳も分からぬままその中で小さく身を竦ませた。
 
「――…ッ追え!」
 やがて誰かの鋭い号令とともに、バタバタと複数の足音がもつれ合い、重なり合って外へ流れ出ていった。
 
 シンとした部屋の中に残ったのは、サンジと、あともう一人の荒い息遣い。
 
 それはゆっくりと立ち上がると、サンジの居る方に向き直ったようだった。
 コツ、と足音が近づく。
 
「ひっ……」
 ギシッとその誰かがベッドに乗り上げてきた。
 冷たいスーツの感触、覆いかぶさって来た大きな手に思わず体を竦ませれば、目の前の相手は一瞬動きを止めた後に小さく舌打ちをして。
 
 不意に、サンジは大きな腕に抱きしめられた。
 全速で走ってきた後のように熱い体温と鼓動が、突然サンジの胸に覆いかぶさる。
「ぁ、あ……?」
 押し付けられた鼻先のシャツからふわりと匂い立つ、汗ばんだ男の匂い。
 胸の奥から何かがこみ上げて来るような、あたたかくて安心する、ひどく懐かしい、匂い。
 誰―――。
 
 考える前に、サンジの体は勝手に動いてしまっていた。
「ひ、ァ――…ッ」
 寸前まで高められていた体はもう堪えようもなく、動かない体をまるで男に擦り付けるようにしてサンジは前を弾けさせた。
 快感がどっと押し寄せ、頭が真っ白になる。
 
 
「――てめぇ……」
 驚いたような声。その主の空気が急に怒りを孕んだものに変わった。
 
 意識が遠くなる。
 体の力が抜けるのに合わせて、サンジはそのまま深い闇の中へと落ちて行った。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 *
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 締め切ったカーテン。薄暗い部屋の中、ハァハァと荒い息遣いだけが妙に耳に響く。
 小学校から使っていた安いベッドのスプリングが、二人分の重みを受けて背中でギシギシと音を立てる。
 
 うるさいくらいに心臓が鳴っていた。ガンガンするくらい頭を血が巡って、サンジは息苦しさに喘いだ。
 それを興奮と受け取っているのか、合わさった体の間で、忙しなく自分の制服のシャツの中をまさぐる指は益々大胆に動き回る。
 けれど肌の上を滑る感覚は酷く遠く、ただ、恐怖のような感情が呼吸を詰まらせ、指先を振るわせた。
 
 自分は上手くできるだろうか。
 全てを捨てられるだろうか。
 
 不安を押し込めて、サンジはただ覚悟を決める。
 11日。
 今日という日に必ずサンジの元を訪れるだろう相手の為に。
 
 裏切りだと怒るだろうか。それとも悲しむだろうか。
 そこまで考えて、サンジは自分の考えを笑った。
 名前もない自分達の間の感情に、アイツがそこまで左右されることなんて、もしかしたらないかもしれないのに。
 
 ないかも――しれないのに。
 
「……ッ、あ」
 集中しないサンジを諌めるかのように、男の手がサンジの中心を握り締めた。
 
(ゴメン、な、ゾロ)
 
 何も考えられずに、サンジはただ頭の中でゾロの名前だけを呼んでいた。
 なんで、なんて考える前に、祈るようにただ繰り返す。
 ぎゅ、と目の前の男のシャツを握る指先に力を込めた。
 滲む視界も、震える声も、苦しい胸の渦も、そうでなければ耐えられそうになかった。
 
(ゴメン、な―――)
 
 
 
 
 開かれた扉の間から、ゾロの顔が覗く。
 部活帰りだと知れる制服姿。
 徐々に見開かれる鳶色の瞳。
 まっすぐに力強い眼差しが、ベッドの上で重なる二人を見て時を止める。
 
 
 
 ぼんやりと、サンジはそんなゾロを見ていた。
 これでゾロは目が覚めるだろうか。
 今晩紹介される女の子の、柔らかい白い手を握って、新しい道を進むだろうか。
 
 もうすぐ卒業する自分達には、別々の行き先がある。
 背筋を正して真っ直ぐに歩くゾロの姿はきっと、誰よりも綺麗だ。
 俺はそれを知ってるんだ、ゾロ。
 だから。
 
 
 
 ――だからその時サンジはもしかすると。
 
 笑った、のかもしれない

  
 
 
 
 
 
 
 
 * 5へ *

 
 
 
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 うおお…キリのいいとこまで書けなかったのでちょっと今回はここでストップ。
 続きは近いうちにUPします!えーと今年ってあとなん(以下略

 
 08.12.27