11月5日(月)
 --------------------------------------------------------------------------

 

 
 
 
 チンコン
 
 
 ひび割れてしかも軽すぎるチャイムの音が鳴り響いた時、ゾロはボロアパートの自室で万年床と化しているコタツにどっぷりとはまってぐうぐうイビキをかいていた。
 
 
 チンコン
 
 
 再びチャイムが鳴らされる。
 
 知り合いなんていない。
 勧誘ならばほっておくに限る。
 
 職業柄物音には敏感で、害のある気配ほど意識はすぐに覚醒する。
 しかしそうでもなければゾロほど寝汚い男はいないだろうと、知り合いにも定評を貰うほどだ。
 ゾロはすぐに眠りを再開した。
 
 
 チンコン、チンコン
 
 
 チャイムは鳴らされ続ける。
 
 
 チンコン、チンコン、チンコン
 
 
 次第に回数を増してきたその軽い音に、ゾロはじわりと眉間にしわ寄せた。
 ドンドン!という音までチャイムの合間に響き始めたところをみると、どうやらチャイムの主は薄いベニヤの玄関扉を叩き始めたらしい。
 うるせぇな、と思いながら枕代わりに敷いてあった座布団の上で寝返りをうったところで、今度は
 
「メーター動いてっから居るのはわかってんだオラァ!出て来いや!」
 
 と、どこぞの取立て屋のような台詞が聞こえてきて、しまいにはガンガンガタガタと扉が揺すられ始めた。
 
 
 チンコン、ガンガン、ガタガタ、ぎゃーぎゃー
 
 
 最後のぎゃー、の辺りに集約された台詞は巻き舌でドスが聞いてはいるが、並べ立てている言葉や声のトーンから察するに、どうにもチャイムと同じくらい脳ミソの軽い男のようだ。
 
 
 よし、誰だかよくわからんが頭殴って床に沈めよう。
 
 ゾロは寝起きで多方面にはねた短い髪をぐしゃぐしゃとかき回して、のそりと起きあがった。
 寝起きのゾロは凶悪だ。普段の仏頂面が更に輪をかけて凶悪だ。飢えた魔獣だのと他人に言われずとも、割と自覚はしている。
 こめかみには青筋が浮いて、眼光は不機嫌を通り越して相手を睨み殺さんばかりにギラギラしている。おそらくその辺のチンピラなら泣いて逃げ出すような面構えで、ゾロはガタンガタン鳴らされている扉の前に仁王立ちをした。 
 
 息を吸い込んで腹に力を溜め、ドアノブに手を伸ばす。
 
 その時不意に扉がミシッっとおかしな音を立てた。 
「あ、やべ」
 廊下から小さな男の声。
 
 
 ミシッ、メリメリメリメリッ……
 
 
 ……メリ。
 
 
 薄くて軽い扉は倒れる様も情けなく。
 上の蝶番は留めていた釘ごと壁から離れ、材木が折れてへんにょりと途中から折れ曲がった扉の向こうで、予想通り軽そうな金髪頭の男が扉に片足の裏を乗っけたいかにも現行犯なポーズで立っていた。
 
「テメェ……」
 地獄の底から響くような声を出したゾロの前で、男は上げていた足を下ろすと青いその目をすがめた。
 真っ青な目だ。おかしな髪型のせいで右目しか見えないが、突き抜けるように透明で、うっかり覗き込むとそのまま帰ってこれなくなりそうな深さだ。
 
 男はゾロを見てたじろぎもせず、逆にその目を見返し柄悪くちょっと背を丸めた。
「んだよやっぱり居るんじゃねぇか。テメェもうちょっと早く出てこいよな」
「人んちの扉壊しといてテメェ…」
「あ、俺サンジね。今日から隣の部屋の住人。よろしく。そんでこれが引越しソバね、ちゃんと手打ちしたもんだから気合入れて料理しろよテメェ」
 ゾロの台詞なんて聞く気もないのかサンジと名乗った金髪は勝手にぺらぺら並べたてると、ぽん、とゾロの手にビニール袋を握らせた。
 見れば束になった小麦色のもの。今時本当に引越しソバなんて伝統を実践してる奴こそ天然記念物なんじゃないか。いやまてこの色はうどんじゃねぇのか?
 ゾロが思っている間に金髪は吹き抜けになった扉からひょいとゾロの部屋を覗きこみ、おかしげに丸まった眉を吊り上げて顔をしかめた。
 
「はー、味も素っ気もねぇ部屋だなぁ。鍋とかちゃんとあるんだろうなオイ」
「うるせぇ放っとけ。鍋?んなもんあるわけねぇだろ」
「アァ?!何偉そうに言ってんだ。そんじゃ飯とかどうしてんだテメェ」
 
 口からの言葉より先に、ゾロの腹がぐう、と返事をした。飯という単語に反応したらしい。
 そういえば昨日の晩から寝っぱなしで何も食べていなかった。
 すると金髪は眉を下げて困ったような不思議な顔をすると、ハァ、と溜息をついた。
「しょうがねぇなぁ、ちっと待ってろ」
 
 そして右隣の部屋の扉を開けて中に引っ込むと、数秒後に鍋と醤油とその他ゾロには判別つかない道具一式を抱えて戻ってきた。
「これもお隣さんのよしみだ、ソバくらい作ってやる」
 そして半壊した扉を一跨ぎしてゾロを押しのけ、先ほど手渡した袋を取り上げると勝手に部屋へと上がってしまった。
 
「…オイてめ」
「あ、お前その間にそのドア直しておけよ」
 
 開いた口が塞がらない、とはこういう状態なのだろうか。
 物事には滅多に動じたことのないゾロも、流石にこの頓狂な隣人にはペースを持っていかれてしまった。
 呆けている場合ではない。とりあえずあのアホを殴ってつまみ出さなければ。
 そう思って玄関をあがったゾロの鼻先を、ふんわりといい匂いが掠めた。
 湯を沸かすくらいにしか使ったことのないすぐ左手の台所。金髪が何故か嬉しそうに鼻歌まじりで、火にかけた鍋を掻き混ぜている。
 
 どこか懐かしいような、暖かい匂い。
 腹の虫がもう一度、何かを訴えるようにぐう、と鳴った。
「……」
 ゾロは台所を素通りすると、奥のタンスを引っ掻き回してガムテープを見つけ出した。ついでに遥か昔にどこかから拾ったまま畳みの隅っこに転がっていたアダルト雑誌を数冊手にとる。
 そしてもう一回玄関に戻ると、折れて床と懇ろになっていた扉を持ち上げた。
 外れた蝶番の釘は靴の裏で適当にもう一度打ち直し、折れた部分には雑誌を当てて、その上からベタベタとガムテープを貼り付けた。
 扉としての機能はわからないが、とりあえずこれで風は入ってこない。
 
 ガムテープを手に部屋に戻ったところで、金髪がゾロを見てにかっと笑った。
 
「うめぇソバ食わせてやっからな」
 
 
 その顔はやたらガキくさくてなんだかアホ全開だったけれど。
 
「……おう」
 どうしてだか目が離せなかったゾロの代わりに、腹の虫が大きく鳴いた。
 

 
 
 
■NEXT DAY ⇒ 11月6日(火)■
 
 
 ■1−WEEK TOPへ戻る■
 
 
 --------------------------------------------------------------------------
 はじめてしまいましたゾロ誕!
 気軽にふらっと読める感じのSSで続けていきたいと思っておりますので、しばしお付き合いください♪
 07.11.05