It’s show time! 1
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「でっかいなー」
 キラキラ光る海の上、サニーの頭に乗っかってルフィが前方を眺めている。
 目の前に迫る島影、クルーも皆甲板に出て、口を開けたまま呆然とその島を見上げていた。
 内陸に豊かな緑の山々を抱くその島の正面に、港町が見える。
 
 並ぶ色とりどりの屋根、はためく洗濯物、埠頭に停泊する恐らくは漁船なのであろう船たち。
 その全てがとにかく全部―――巨大、なのだ。
 
 港に止まる船は全てカヌーのような単純な作りであるのに、一艘の長さと幅はサニー号ほどもある。
 初めてメリーからサニーに移った時にはその広さと大きさに感動すら覚えたが、ここではそのサニー号がまるで玩具のようだ。
 青や赤で塗られたカラフルで巨大な船の間を縫うように進む向こうに、ミニチュアの船だけが寄せ集まっている桟橋が見えた。どうやらそこがログによって辿りついた船の停泊場らしい。
 
 
「ようこそ旅のお方」
 そう言って港から現れた入島管理を務める男は、立っているだけでサニー号の甲板と同じ高さに顔があるほどの巨体だった。
「すげぇ、エルバフのおっさん達みたいだ」
 目をきらきらさせながら見上げるクルーの中、ウソップの言葉に上から甲板を覗き込んでいた男はおお、と声を上げた。
「エルバフの名を知っているとは光栄だの!」
 口ひげを揺すって豪快に笑ったその息に煽られ、船首に乗っていたルフィがよろめく。
「我らが祖先は遠くエルバフから移り住んだそうでの。誇り高き戦士の血は、我々にも受け継がれているんだの。だから海軍だろうと海賊だろうと、我々は臆する事はないんでの」
 確かに島の人間が全てこのサイズでしかも皆戦闘を得意とするならば、この国を攻め落とすのは容易ではないだろう。
 今も男が軽く拳をふれば、サニー号でさえ真っ二つにされそうだ。
「航海士はどなたかの?」
「私よ」
 男は大きな目で甲板を探すと、進み出たナミに向かってむくむくと大きい手を差し出した。
「ログポースを出していただこうかの」
「…どうしてかしら」
 ログポースは航海の要だ。不審がるナミに、男は指の先に小さな小さな紙の束を乗せて少女の手に運んだ。
「この島にはログと引き換えに、旅人にある事をしてもらうことになってての。詳しくはそれを読んで欲しいんだの」
 
 
  
 
「『SHOWケース』?」
 
 サニー号のキッチン。全員分の紅茶を入れ終えたサンジが着席したのを見計らってナミが言った言葉に、クルー全員が首をかしげた。
 なんだそれ美味いのか、とお決まりな船長の台詞は当然スルーして、ナミは手にした先ほどの紙、『SHOWケースの手引き』を読みながらため息をついた。
「なんだか厄介な島に来ちゃったみたい。ざっと読み上げるわね、えー…  
 ・この島に寄航した旅人は、ログと引き換えに『SHOWケース』に入っていただきます
 ・ログは通常3日で溜まりますが、ログポースは『SHOWケース』で溜めたポイントと引き換えにお渡しいたします
 ・ログポースと引き換えられるポイントは100点です。10点から引き換えられる豪華商品も多数ご用意いたしておりますので詳細はお問い合わせください。なお引き換えたポイントは合計ポイントから消費されます」
 
「肉とかあんのかなー」
「いや引き換えんなよ!とっとと100点溜めねぇとこの島出れねぇって事だろ」
「その通りよウソップ」
 ウソップの突っ込みに、ルフィがちぇーっと口を尖らせた。
「ナミさん、その『SHOWケース』っていうのに入って、一体何をすればいいんだい?」
 サンジの問いに、ナミはテーブルに置いた紙を綺麗に塗った爪でコツコツと叩いた。
「それがね、どうやらまず『SHOWケース』ってのは所謂レンタルルームみたいなものみたいね。部屋の大きさは色々あるみたいだけど、どれも天井と四方の壁が透明なんですって」
 ほう、と声を上げたのはフランキーだった。
「透明な部屋ってなぁ凄ぇな!一体どんな材質を使ってるんだ?」
「それはこれから好きなだけ見て頂戴。で、その部屋に入って私たちは文字通りショーをしなければならないの」
「ショー?」
「ええ。とりあえず続きを読むわよ。
 ・ケースに入る人員は自由です。クルー全員で入っても、一人だけで入っても構いません
 ・他にログを溜め途中の船がある場合でも、部屋の空きがあればケースをいくつ使っても構いません
 ・ケースの中で行っていただくショーは、どんな種類のものでもよいですが、ただし、島の大人から子供まで見に来ますので、殺人や暴力・グロテスクな表現はお控えください」
 
「ショーって、劇の事だろ?」
 俺見たことねぇんだ、と目を輝かせたチョッパーに、ナミは緩く首を振った。
「この面子でやるなら劇よりもサーカスよ。…でもそうとは限らないみたい。楽しければ何でもいいんですって。例えば船のコックが料理の実演をしたり、学のあるクルーが勉強会を開いてもいいみたい」
「それなら任せて!」
 ハーイと手を挙げたサンジに、でも、とナミは再び紙に目を落とした。
 
「問題はどれだけそれが面白いか、なのよ。
 ・ポイントは、ショーを見に来た島の人間のケース前での滞留時間、および満足度で計ります
 …えー…計算式まであるけどこれは省くわね。つまり面白いショーを見せて、長くケースの前に沢山の島の人間を引き付けておけばそれだけ早くポイントが溜まるってことよ。
 ・ログポースを引き換えるまで幾日でも滞留は可能です。ポイントによって食料や日用品も引き換える事ができます」
 するとそれまでおっとりと耳を傾けていたロビンが首を傾げた。
 
「…それはつまり、面白いショーを提供できずにポイントを溜められない船は、一生この島で暮らすしかないってことかしら?」
「おいおいそりゃシビアだな!」
「一生ですか…って私既に一回人生終わってるんですけどねヨホホ」
「そりゃ困る!海賊王になれねぇじゃねぇか!」
「……」
 今まで黙って聞いていたゾロも、ピクリと眉を上げた。
「んー流石にそれはないみたい」
 騒ぐクルーに、ナミは紙に目をやりながら答えた。
「何もせずにただ滞留されても困るし、才能のない人をいつまでも留めていても無駄だから、2ヶ月経ってもポイントに変化の見られない船には強制的にログポースを返してくれるそうよ」
「2ヶ月かぃ、そりゃまた長ぇ話だな!」
 驚くフランキーの横で、サンジはうーんと考え込んだ。
「ショーの間、滞在中の食料を買う所…またはバイトや自給できる所はあるのかな」
 一つの島での滞在が長い場合、船の財産も尽きてしまう可能性がある。そんな時は大抵山や海でクルーが自給するか、短期のバイトで稼ぐかしてしのいできたのだ。
「ある程度は支給してくれるみたいよ。まぁあの巨人達の消費する量に比べたら私たちの食べる量なんて微々たるものでしょうし」
「微々たるで住まないヤツもいるけどね…」
 せいぜい支給に期待すると苦笑したサンジに、ロビンも笑った。
「自給自足で潤っている島だからこそ、外からの娯楽に飢えているみたいね。興味深い循環の仕組みだわ」
 ナミはクルーに向かってぐっと拳を握った。
「とにかく明日からガンガンやるわよ!今日は出し物を決めて割り振るから、各自準備しておくように!上手いことログ以上のポイント稼いで他のものも引き換えてやりましょうッ!」
「おう!肉引き換えよう!」
 
 
 * * *
 
   
 巨人たちの住む街の、港に面した一角に『SHOWケース』の街はあった。
 一定の間隔で幾つも建ち並ぶ透明な箱。ケースとはいえ四方の壁が透明なだけで、中には椅子やテーブル、ベッドに小さなキッチンまであり、大きさも普通の一軒家と変わりない。
 そして各家の玄関の横には必ず、人の顔ほどもある巨大なカタツムリが置かれていた。虫は明るい日差しを浴びながらうつらうつらと居眠りをしている。
 巨人の島は何もかもがビッグサイズなのだろうか。電伝虫と同じ形のそれは、背負った殻に細かな目盛りが付いており、どの家の虫も渦の中心から外側に向かって綺麗に色が付いていた。
「なんでどれも二色なんだろう?」
 赤や青、虫によって様々な色が殻の中心から外側に向かって色づいているが、ある部分を境に綺麗に白く色がなくなっているのだ。まだ渦の中心だけにしか色がなくほぼ真っ白な虫もいれば、逆に渦の外周の端まで色が付き、ほとんど白い部分が残っていない虫もいる。
 フランキーに肩車をしてもらってしげしげと虫を眺めていたチョッパーの前で、のん気にウトウトしていた虫の目が突然パチリと開いた。
「サンジュウ!」
「わっ!?」
 カタツムリが叫ぶと同時に、ポーン、と音がして、殻の内側から外周に向かって色が一目盛り分増えた。
「なるほど、あれがポイント計算機なわけね」
「すげぇ、不思議虫だ!」
 箱の間を老若男女様々な巨人達が行き来して各家の中を上から覗きこんだり、興味を引かれる箱の前では座って眺めていたりする。
 踏まれないようその脚の間を縫って、麦わらチームは割り当てられた一軒のケースに入った。
 玄関の横にはまだ殻の真っ白なカタツムリが居眠りしている。
「まるでドールハウスの人形になった気分だなぁ」
 ぬっと天井から覗かれる圧迫感に気圧されながらウソップがぼやく。
 新顔が入ったという情報は早速伝わっているのか、麦わらチームのケース前には始める前から人が集まり始めていた。
「宣伝する手間が省けて好都合ね。それじゃ皆、頑張るのよ!」
「おー!…ってオイお前は何もしないのかよ!」
「だって私は特別な能力なんて何もないか弱い女の子よ?あと企画担当なんだからいいの」
「いやショーにか弱いとか関係ねぇだろ!」
 
 
 ところが予想に反して、意気揚々と始めた麦わらチームの出し物はなかなか上手く続かなかった。
 一番手は「ルフィのびっくりゴム人間ショー」。
 悪魔の実の能力はやはり驚かれたが、しかしそれも最初のうちだけのこと。ただ伸びるだけではネタもオチもなく、何よりこの島の人間はショーを見すぎていて特殊な能力に慣れるのも早いようだった。
 次は「謎の骸骨〜チーズはどこへ消える〜」。
 嫌がるブルックをパンツ一枚に剥いて(最終的に捕まえて剥いたのはロビンだったので結果喜んでいたが)牛乳を飲ませたりリンゴを齧らせたりして、それがどこかに消えていく様子を見せたものだが、やはり驚かれたのは最初のうちだけだった。
「サンジの3分クッキング」
 これはそこそこ島の主婦層に人気だったが、いかんせん3分という時間でサックリなので、ポイントを稼ぐには効率がよくなかった。
 かといって誰にも作れないような手の込んだ料理は人が飽きて途中で帰ってしまうし、大抵の料理は他の船のコックも実践済みらしかった。
「フランキー歌謡ショー」
「剣豪の演舞ショー」
 これらは好き嫌いがはっきり分かれたのと、ゾロの演舞は本当に剣の型でしかなく、剣に詳しくない人が見ても何が凄いのかサッパリ解らなかったらしい。結局どちらも集客には難ありだった。
 
 意外にも受けがよかったのが、「華麗なるウソップの発明大爆発」と「Dr.チョッパーと改造人間の恐怖の実験劇場」だった。
 なんてことはない、前者はいつも船でウソップがあれこれ開発に取り組むそのままを見せただけだが、こちらはウソップ本来のしゃべり口調も効果を発揮し、特に島の子供に人気が出た。
 後者はチョッパーが調合した「液体ではあることは確かだが、成分はよくわからない」ようなものをフランキーのお腹にあるエネルギー補給庫に入れ、容姿にどれだけ変化が出るかを見せたものである。
 CP9戦の時に発見したことらしいが実際にそんな効果があるとは仲間も知らなかったので、クルーも島の住人も参加して色んな液体を作っては盛り上がった。
 その晩フランキーが船の片隅で萎れかけていたらしいが、それを見かけて肩を叩いたのは心優しき海の戦士くらいだったらしい。
 
 
 そんなこんなで、島に着いて数日はあっという間に過ぎていった。
  
「お帰り〜ナミさん、ロビンちゃん、今日の成果はどうだった?」
 夕方帰ってくるクルーを、一足早く船に戻って食事を作って居たサンジが迎え入れた。
 ナミは難しい顔で首を振ると、ため息をついて椅子に座り込んだ。
 どやどやとラウンジに入ってきたクルーも皆疲れた顔をしている。 
「もーダメ!全然ポイントが上がらないわ。基本飽きっぽいのよここの住人!」
「私も暗殺の指南とかならできるけれど…ここの島民達はあまり隠れるのに適さない体格なのよね…」
 ごめんなさい、と真面目な顔で悩むロビンに、いやいやと皆が突っ込みを入れる。
「でも本当にもう手持ちがねーぞ、ねぇチャン。いっそ本気で劇でもするか?」
「うーーん…」
 フランキーの台詞に、ナミが珍しく髪をかき混ぜて肩を落とした。
 
「ごめんね、サンジくん」
「ん?何がだい」
「もうすぐサンジくんの誕生日なのに、いつまでもこんな島じゃプレゼントも用意できないわ」
「あー…そっか、そういえばそんな時期かぁ」
「肉食い放題の日か!」
「いやそれは違ぇよ!」
 気づいたように壁にあるカレンダーを見始めるクルーに、サンジは照れたように首を振った。
「気にしないでナミさん。この島は食材が豊富でパーティ料理は何とか作れそうだから、それだけで充分だよ」
 カレンダーの日付はもうすぐ3月に変わろうとしている。
 サンジは厨房で夕食の皿を出しながらちらりと目線だけで床下の一角を見遣り、気づかれないように小さくため息をついた。
 
 
「……よし」
 食後の紅茶をぐいっと一気に飲み干したナミが、おもむろに立ち上がった。
「ちょっと、交渉してくるわ」
「おいおいネェちゃん喧嘩はやめとけって」
「そうだぞナミ!恐喝はよくねぇぞ!」
「あんたら私のことなんだと思ってんのよ!」
 即座に止めに入ったフランキーやウソップを睨んで、ナミはふん、と腕を組んだ。
「このままじゃ埒があかないから、ちょっと入港管理の人にアドバイスを貰ってくるだけよ」
「さっすがナミすわん」
「アドバイス?」
「ええ、例えばここ最近で一番人気だったショーの内容とか、この島の住人が好む趣向や平均してポイントが稼げそうなショーとか、色々過去のデータがあるなら見せて貰おうかと思うの」
「でもそう簡単にデータなんて公開してくれないかもしれないし、何かあった時の為に俺も一緒に行こうか?」
 エプロンを外しながら申し出たサンジに、扉を開けながらナミは振り返った。
「大丈夫よ、別に暴力沙汰にはしないから…でもそうね、もしよかったらロビン付いてきて貰える?」
「ええ、構わないわ」
 カタン、とロビンが席を立つ。ナミは食卓を囲むクルーに向かってニマっと笑った。
「大丈夫、やさし〜く交渉してくるから」
 パタン、と閉まった扉の向こう、いってらっしゃいナミさ〜んvと叫ぶサンジの横で、他のクルーが青ざめたのは言うまでもない。
 
 
 * * *
 
  
 とっぷり暮れて灯りの点った港。その脇に建つ管理小屋のとある部屋で、顔をつき合わせて笑う影が二つ。
「本当にいいんだの?お仲間さんを売るようなもんだの」 
「その点については大丈夫よ。それにそっちだってこういうプランが用意されてるって事は…」
 手元の紙をピン、と綺麗な爪で弾いてナミが笑う。
「好きなんでしょ?」
「がっはっは、まいったの!いやーそりゃもうこの島の住人は皆刺激に飢えてての!なんせ島中が顔見知りみたいなもんで、ことそういう関係には秘密が一切持てない感じだでの!……だもんで結構ドロドロしたのなんて…受けるでの」
 そっと囁くヒゲのおやじに、ナミとロビンがあらあら、と笑った。
「まぁそこまでになるかはわからないけど…でももしかしたら、よ」
「こちらにとっても賭けみたいなものね」
 ロビンの囁きに、ナミが力強く拳を握った。
「とにかく早く出航したいのよ私は。だってこの島、化粧品も洋服屋さんも普通サイズのブランドが何ひとつないんですもの!」
 
  
 * * *
  
 
「打開策が見つかったわ!」
 夜遅く、船に戻ってきたナミとロビンはラウンジに集まっていたクルーの前でにっこりと笑った。
「バトルよ!」
 
「バトル!?」
「なんだオイ、まさかこの島のおっさんと戦うんじゃねぇだろうな」
 既に足が震えそうなウソップに楽しげなフランキー。
 ナミは厨房から顔を覗かせているサンジを見つけると、ビシっと指を差した。
 
「とりあえずサンジくん!」
「はぁいナミさんっ」
「とゾロ!」
「……ア?」
 片隅のソファで酒を飲んでいたゾロが顔を上げる。
 
「あんたたち当分、SHOWケースで寝泊りして暮らしなさい!」
 
 はぁ!?と首を傾げた男性陣を前に、ナミは自信満々に笑った。
 
 
 
 
 
 
 
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