プレゼント 3 |
「……っ」 ゾロが、怒っている。 吐き捨てるようなその言葉に、サンジは息を詰めた。 心臓はどくどくと早鐘のように打ち、とんでもない状態をゾロに見られたという羞恥と混乱で頭が一杯になる。 ゾロに何かを言わなくてはと思うのに、何を言えばいいのかわからない。 「違う」「誤解だ」「こんなつもりはなかった」? 毎日愛を囁き合うような甘い関係ならばそれらの台詞にも意味があるのだろうが、生憎口を開けば睦言よりも喧嘩の方が先に出る毎日だ。 深く体を重ねる日々に、サンジはゾロに対する自分の気持ちに確信はあっても、ゾロからの気持ちの度合いに確信はない。 故にゾロの怒り、それが何に向けられているものなのか咄嗟にサンジには判断できなかった。「誤解」と弁護しても良い前提の関係が二人にあるのか、こんな土壇場で自信が失せてしまう。 それ以前に頭の中は冷静に思考を巡らせられる状態ではなく。 恥ずかしさと情けなさに目の前は真っ赤で、熱い疼きに呼吸を押さえる度、かき集めた言葉が散って行く。 「……何やってやがる」 もう一度、腹の奥から搾り出すようなゾロの声にサンジはぎゅうと眉根を寄せた。 「うるせェ、じろじろ見てんじゃねぇよっ……」 自分が窮地に陥るほど虚勢を張るのはサンジの性分だ。 ほとんど条件反射で、いつもの通り自分の口から滑り出た変わらぬ悪態に、ほっとしたのはサンジ自身だ。 今の格好で何を言っても最早虚しい言い訳にしかならず、かといって「助けろ」の類の言葉を素直に言える程、サンジのプライドは低く出来ていない。 恥かしさに、何よりこんな醜態をゾロの眼前に晒している情けなさに、サンジはただ耐えるように唇を噛んだ。 ぎゅっと目を瞑って、枕に顔を埋める。その羞恥と興奮状態でうっすら朱に染まる白い首筋、滑り落ちる汗に、ゾロ自身の暗い欲望の血がどくりと波打った。 「……エースか」 興奮を抑えようとしたら、随分低い声が出た。その名前にびくりとサンジの肩が揺れる。 「……ぅ…っ」 ふるっと小さく震えた口元から、代わりに零れるのは甘い吐息。 サンジの両足の間、その白いシャツの下からシーツの上に伸びるコードの様なものを視界に捉え、ゾロは更に愕然となった。そして先程からのサンジの呼吸の乱れる訳をようやく理解する。 途端にぐわっとが胸に湧き起こったのは――赤黒い怒りの炎だ。目の前に浮かぶ男の顔にぎりりと歯噛みする。腹の中心のあたりがふつふつと煮えるように熱くなる。 (エースのヤロウ……ッ) 「……見んなッ…」 何も言わないゾロの視線に晒されながら、必死に快感に耐えているサンジが、荒い呼吸の合間に吐き捨てた。 小さく震える背。それを見ながらゾロは握る拳にますます力を込めた。 (……許さねぇ) サンジを見つめたままの瞳が怒りに歪んだ。 自分以外の人間がサンジに触れるなど、ましてこんな顔をさせるなど。 知らないところでこんな姿を晒しながら、自分には見るなという、自分を拒むサンジも。何もかも。 独占欲という名の暗い欲望に、理性の全てが押し流されそうだった。 「俺の居ない時に別の男引っ張りあげて、挙句この様か」 地を這うような声で、苦々しく言い放つ。 「な、違っ……!」 引っ張り上げる、だなんてなんて言い様だろうか。一体どこの旦那のセリフだ。大体ここは俺の家なわけだし…としかしサンジが愕然としている間もなかった。 「じゃあなんだよ、これは」 口を歪ませてゾロはサンジを見下ろす。 ゾロの無骨な手がサンジの後ろに回り、小刻みに振動するそのコードをくい、と引っ張った。 ビクリとサンジの体が目に見えて跳ねる。 「うぁ……、やっ…」 長い間焦らすような弱さで嬲られ続けていたせいで、サンジの体が自然と強い刺激を求めて反応する。 体の奥に燻り続ける熱。その解放を促してくれる唯一の手を無意識に頼って、サンジは思わず甘い声ですがる様に見上げた。 「……ッ!」 しかしその先に見たのは、ゾロの無表情に固まる顔。 息を詰めて、サンジは目を瞠った。見下ろすゾロの目は冷たく、静かな怒りに燃えている。厳しい面持ちは、サンジの痴態を冷ややかに見下すのみ。 「……ゾ、」 呆然と名前を口にしかけて、飲み込んだ。体の熱に反して、衝撃に心がすうっと冷えて行く。 目の前の快感に我をなくして、この場で自分一人だけだったのだとようやく気づかされた。 (……こんな状態、呆れられて当たり前、だろうがッ) 浅ましい自分を罵り、拳を握り絞めた。動かない手首がぎりぎりと皮ベルトに食い込む。 (なのに、俺、今、コイツに) 「っ……―――」 震える体でゾロから目を逸らし、顔を伏せた。 何故か涙が出そうだった。 形はどうであれ、ゾロの目の前には他人の手でこういう状態になった自分がいるのだ。 冷笑されても、卑しい奴だと思われても当然なのに。 なのに自分は今、ゾロに一体何を期待していた? サンジは自分の愚かさに、ぎりっと歯噛みした。 「……帰れよ…」 「あ?」 搾り出すような声。それまで震えてしまわないように、サンジはきっとゾロを睨みつけた。 「もう帰れっ!今すぐ、出てけよッ……!!」 「なに……」 「……呆れてんだろ?汚ねぇとか思ってんだろ?どうせ俺は誰にでも乗っかるような奴だとか思ってるんだろ!?」 言いながら、自分の放った言葉に傷ついてサンジの目がじわりとにじむ。 「はぁ?オイ……」 「もう触りたくもねーんだろ……判ってるよ。……だからいつまでもそんな目で見てんじゃねえ……ッ!」 両手足を括られている為に肩で体重を支えているサンジには、背筋を無理やり捻って身を起こす体勢はきつく、そこから先は何も言わずにただ荒い息を吐いてベッドに伏した。 「どっか行っちまえクソヤロウ………」 付け足しとばかりに小さく呟いて、サンジは鼻をすすった。 突然喚きだしたと思ったら再び突っ伏してしまったサンジに、ゾロはしばしぽかんとする。 そして一層険しさを増した顔で、苦々しく舌打ちをした。 (………アホだ、こいつは) 苛立ちも露に、ベッドに伏すサンジの黄色い後頭を睨みつける。 (他人に触られたからもういらないなんて、神経質なババァじゃあるまいし) (それとも何か?テメェは、俺がテメェに対して元々それくらいの執着しか持ってねェって思ってんのかよ!?) 沸き起こる暗い焔が、ぐらぐらとゾロの胸で煮えたぎる。 ………ふざけんな。 「生憎だがな、他人に跡をつけられたからって手放してやるほど俺はお人好しじゃねぇんだよ」 「………ッ!?」 ゾロはぐいとサンジの頭を掴んで引き起こした。潤んだ青い目が苦しそうに歪むが、それでもその視線はゾロを捉えた。 ゾロはそれをニイと冷えた笑みで見返す。サンジの背が、ゾクリと震えた。 「テメェ、ほんとにアホだな。全く何にもわかっちゃいねェ」 「……んだとッ」 条件反射でくってかかろうとするサンジの仰け反った白い喉元に、ゾロはうるせぇ、と吐き捨てながら噛み付いた。 「…ッ……」 歯列の感触に小さく声を上げ、サンジが体を震わせたまま押し黙る。 「テメェがいくら他人に懐こうが、弄られようがな、最後には俺がそいつらの付けた跡全部ぐちゃぐちゃにして、その上にもっと深い跡つけてやるまでだ」 コイツは何もわかっちゃいねぇ。 俺はテメェのこんな姿にまで、いつも以上に興奮してんのに。 「二度と取れねェような、深い跡つけてやる」 囁きと共に犬歯に力を込める。色素の薄い肌に、小さく歯型がついた。まるで獣のようにねっとり舌を這わせながら、ゾロは怯えたように眇められるサンジの目を熱く昏い眼差しでひたりと捉えた。 「テメェの体に残るのは、俺の痕だけしか許さねェ」 「……っ」 「っていうか俺以外の奴に触らせるんじゃねぇ」 「……んなっ…だよ、それッ」 横暴で矛盾だらけだ。 「……いいから、もう帰れっ!……」 もう何も聞きたくないと首を振ってその手から逃れようともがくと、ますますサンジを掴む手に力がこもった。 あくまで自分を拒絶する態度に舌打ちし、苛立ちと共に一瞬凶暴な衝動がゾロの頭を駆けた。が。ふとゾロは何かを思いついたようにその手の力を緩めた。 「……へぇ、こんな格好でかよ、おもしれえ」 目の奥に怒りを宿したまま、意地の悪い笑みを浮かべてサンジを見下ろす。 「自分じゃ外せねぇだろうが。それとも何か?まだ俺以外の奴にはずしてくれる当てでもあんのかよ」 「……な…ッ」 「それでもいいぜ。この際、てめぇがそういう格好一体どんな奴に晒してんのか見させてもらう。ここで何時間でも待ってやるよ。尤も……来たそいつらの保証はしねぇけどな」 ゾロの目が獣のように凶悪に眇められ、喉から笑いを漏らした。 サンジは本能的に小さく身震いして、なんとか掠れそうになる声を振り絞る。 「なん……だよ、それ、無茶苦茶……。俺のことなんて、もう、いいんだろうがよ……」 「だからどうしてそうなんだよ……てめぇも、いい加減覚えろよ!いいか!」 ゾロはサンジの頭をガシッと両手で挟むと、真っ直ぐに見開かれている青い瞳を見据えた。 「俺はな、一度欲しいと思って手にしたものは絶対に手放さねぇ……絶対にだ」 深く強い声が、サンジの中心を射抜く。どこまでも真っ直ぐな、ゾロの思いだ。 「そのちっせぇ脳ミソに叩き込んどけ」 「……………っ」 体が、思考が、痺れたように動かない。じんわりとあったかいものが胸に溢れてきて、サンジは目を見開いたままゾロを見つめた。 ゾロの体に腕を回したい。きつくしがみつきたい衝動に駆られて、自分の手足が戒められたままなのに気づく。 「……ゾ、」 もどかしさに声を上げかけたサンジだったが、突然ゾロが首筋に添えていた手を離した。 支えを失ったサンジは乱暴に布団に投げ出され、再び顔の正面から枕に沈み込んでしまう。 「あッ……!」 その瞬間奥に埋まっていたものが衝撃に跳ねて、まとまった思考は一瞬で掻き消されてしまった。 「……ッ…?」 荒い呼吸を吐いて、サンジは訝しげにゾロの方になんとか頭だけを巡らせた。ゾロはキッチンのテーブルから一脚の椅子を運んでくると、ベッドの脇にどかりと置いている。 「な、何して……」 「だから、何時間でも待ってやるってんだろ」 「まっ……?」 しれっと言われた言葉に、サンジは呆然とゾロを見た。 ゾロは背もたれ部分を前にして椅子を跨いで座ると、ベッドに投げ出された状態のサンジをじっくりと眺めだした。 何をするでもない、組んだ腕に顎をのせてただじっと真剣にサンジを見つめるだけだ。 改めて気恥ずかしさに再びじわじわと顔が熱くなる。 「へ、変態かよテメェはっ……」 「帰れっつたのはお前ェじゃねぇか」 「……ッ」 開いた口がふさがらないとはこの事だ。 (一体いくつのガキだよテメェは!) ゾロの顔を見れば、ちょっと下唇の突き出たその表情を見ればすぐわかる…拗ねている、のだ。こんなでかい図体をして、凶悪な顔の男が。 |
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