プレゼント 2 |
6畳フローリングの部屋の隅、壁に寄せられたベッドの上に、サンジはいた。 頭まですっぽりと布団をかぶり、うずくまっているのかこんもり丸くなった状態。はみ出た金の髪が、シーツにくしゃりと散っている。 「おい……どうした!エースに何かされたのか!」 どしどしとベッドに近づき、ゾロは声を荒げた。 「……ゾ…ロ…?」 掠れた声と共に、布団がもぞりと動いた。しかしそのまま出てくる事はおろか顔を覗かせる様子もない。 「オイ!」 血相を変えかけたゾロの前で、再び布団が動く。 しかし小さな咳払いの後に布団の中から返って来たのは、くぐもってはいるがいつもと同じ調子の声だった。 「あー、なんでもねェヨ……ちょっと…準備の途中で具合悪くなっちまって……」 「具合ィ!?エースに一体何された!」 「何もねぇよ…」 「あぁ?まさかテメェから誘ったとか言うんじゃねぇだろうな」 「だから違うっつってんだろーが!!」 蹴りが飛んできそうな勢いで、サンジが叫んだ。 「……じゃなんだよ?具合ってどこだ、診せてみろ」 サンジの調子に少しだけ険を解きながら、ゾロは持っていた荷物を絨毯の上に放り投げて、サンジの上に屈みこんだ。 仮にもゾロは医大生で、まだ知識だけながらも診察の真似事くらいは出来る。 しかし枕元の金髪はまるで嫌がるように、ゾロの目から隠れるようにますます布団の中に潜り込んでいく。 「おい、何隠れてんだ」 「うるせぇ、気分悪いんだよ……」 「てめぇ……」 喧嘩の時も、酔っている時も、例え夜の最中も時でも、何か言いたいことがある時はいつもでもしっかりとゾロの目を見て対等にものを言うサンジが、こんな風に自分から逃げるような真似をするなんて初めての事だ。 ここに入ってから、サンジは一度も自分の顔を見ようとしていない。明らかにおかしい。 (……コイツ、やっぱり) 不審に眉間を寄せたゾロが問い詰めようと口を開きかけた時、その気配を察したのか慌ててサンジが言い募った。 「あー…その、風邪っぽいだけだから……心配すんなって」 目の前の塊からくぐもった声。その台詞に、ぴくりとゾロの顔が強張った。 「……んだと……」 そしてその表情がみるみる険しいものに覆われる。 ―――風邪。誰でもかかる一番弱い病気。 しかしそれが人間の命一つなど軽く奪ってしまう事を、ゾロは幼い頃の体験上誰よりも良く知っていた。 『――風邪だから大丈夫だよ』 痛いほど後悔したその言葉。今もその声は高く甘く、ゾロの記憶の一番深い所で響いている。 風邪を侮ってはいけないと、ゾロは誰よりも身に染みてわかっていた。 「…ゾロ……?…あっ」 「風邪」はゾロにとって禁句であったと、今更ながら布団の中でサンジが気づくがもう遅い。 ゾロは厳しい目でサンジを見下ろした。 医者を目指す立場となった今、自分にはそれに対応できうる技術と知識がある。 サンジの言葉の真偽如何はともかく、「風邪」と聞いた以上はそれを見過ごす訳にはいかなかった。二度と同じ間違いは起こさないと、誓ったのだから。 「診てやるから、起きろ」 ゾロが真剣味を帯びた声で枕元に手をつくと、小さくサンジの体が強張ったように思えた。 その頭を覆っている布団を捲りかけた途端。 「触んなッ!!」 飛んできた鋭い一声に弾かれるように、ゾロは思わず目を丸くして触れていた手を離した。 はっと布団の中で小さく息を飲むような気配の後、サンジが慌てて言い直す。 「……っ、違う……わりイ。今日は帰ってくれ。体調は……ちょっと寝れば直ると思うし」 「…オイ」 「テメェの誕生祝いはまた後日な、ちゃんとやってやるから!それに…」 「……オイ!」 荒げた声に、びくりと布団が震えた。 矢継ぎ早に繰り出された言葉がぴたりと止み、そしてしばしの沈黙の後。 「……帰れっつってんだろ、…クソマリモっ……!」 弱々しく漏らされたまるで泣いているような声に、ゾロの顔が強張った。布地の奥から、掠れた息遣いが繰り返されている。 サンジの顔は依然枕に突っ伏したままで、表情がわからない。流れる金の髪が全てを遮っている。 「……テメェ、具合悪ぃなんて嘘だろ。ちゃんと顔見せてみろ」 焦燥感にも似た胸のざわつきを押し込めて、とにかくコッチ向け、とゾロはサンジの肩のあたりに手を掛けた。 「んァっ……」 ぐっと掴んだ途端、びくりとサンジが震えた。その声はあからさまに艶を含んでいて、ゾロのこめかみにびしりと血管が浮く。 「テメ、やっぱ……!一体何やってやがる……」 さっきすれ違いざまのエースの顔に、ここに来てからの妙な違和感と嫌な予感が重なった。 「とにかく起きろ!」 言うなりゾロはがばっとサンジのふとんをはがした。 「バカ、ヤメッ……!」 サンジの悲鳴が響き、そしてゾロは思っても見なかった光景に、呆然と固まった。 サンジはベッドにうつ伏せで丸くなっていた。 しかし自らそうしていたのではない。手首と足首を皮のベルトで拘束され、右手首は右足首と、左も同様に鎖で連結され、前かがみの正座のような奇妙な姿勢をとらされていたのだ。 しかもYシャツ以外何も身にまとっていない。腰のあたりまでしかない裾からは、普段日焼けしにくいと言っている白い脚が直に覗いていた。 あまりの格好。驚きに反して、その肌に何故かごくりと喉が鳴った。 「チクショっ、見てんじゃねェよっ……見んなッ……!」 明るい部屋の下に晒されて、憤死しそうな程真っ赤な顔をしたサンジが喚く。しかし語尾は力なく、荒い呼吸に掠れた。 時折何かを必死で耐えるように眉をしかめると、サンジは布団を片手に呆然と立ち尽くすゾロから悔しげに目を逸らした。 上気した頬に、潤む瞳。うっすらと汗を滲ませるその姿は魅惑的な色香を放っていて。 一体ここで何があったのかはまだわからないが、すっかり「出来あがって」しまっている。 つまり食べごろ。ゾロから見ればご丁寧に既に皮まで剥かれて、ハイどこからでもどうぞ、という具合に食べごろだ。 「……なんだこの様ぁ」 今すぐにでもしゃぶりつきたい衝動に駆られて、代わりにゾロはぐっと拳を固めた。 |
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