KOAKUMAラヴァー 1 ------------------------------------------------------------------------------- |
(1) * * * * * 『ぞろ』 誰かが自分の名を呼んだ。 目の前にいる…それは男の声だった。 あたりは白っぽく明るいのに、何故か男の顔は霧の中に霞んだようにはっきりしない。 シュルリ。 男が首元のタイを抜いて白いシャツの襟元を開いた。 いくら目を凝らしても顔は見えないのに、何故か男の白い首からシャツの中へと消える胸元までの陰影までが、滑らかな質感を持ってありありと目に飛び込んできた。 ゴクリと、知らずゾロの喉が鳴る。 体が痺れたように動かない。 なんでだ、と思う。 今までの人生、男をそういった対象として考えた事すらないのだ。 グラビアアイドルは巨乳の方が好きだし、何人かの女と付き合いもした。しごく真っ当な感覚のはずだ。 なのに目は、男の体から逸らせない。 男は緩やかな動作でシャツの前を開き、それから制服のボトムを脱ぎ捨てた。 そうだ制服だ。灰色地に緑と臙脂のラインが入り混じった、ゾロと同じ高校の制服。 開かれた白いシャツを羽織ったまま、男の長い指が下着の淵に掛けられた。 『お前、誕生日なんだろ』 どこか語尾に甘さの残る声が、笑う。 するり、足元の方へ下着が落ちた。 『だから、サービスな』 白い肌が近づき、ぎゅっとゾロを抱きしめた。 重なる肌はほのかに熱く、そして甘いような瑞々しいような不思議な香りが鼻の奥を埋めつくし。 パチン、とそのまま意識が途切れた。 「……ッ!!」 ハッと飛び起きたのは、自宅のベッドの上だった。 状況を掴めないまま呆然と辺りを見回す。 薄暗い、時計を見ればまだ朝の5時過ぎだ。 「……夢、か……?」 まだ手の中に残る、滑らかな肌の手触り。 そして重だるい腰の違和感。 まるでさっきまで誰かを抱いていたかのような名残に、ゾロは目の前にかざした両手をぎゅっと握りこんだ。 そしてふと気づく。 「痛く…ねえ」 左腕の肘から手首にかけてぐるりと巻かれた包帯。 日増しに痛むその場所に、とうとう竹刀を握る力が不安定になり、医者に行ったのは昨日のことだ。 そして絶望的な診断を下されたのも。 腕を取るか、壊れるまで投げ続けるか。 甲子園出場を前に選択を迫られる、漫画やドラマじゃ定番のシチュエーション。 それがまさか、剣道で全国覇権を目指す自分の身に降りかかるだなんて、考えた事もなかった。 ゾロは左腕を目の前にぐっと伸ばすと、恐る恐る拳に力を込めた。 けれど覚悟した筋が引き攣れるような痛みはやってこない。 「うそだろ……まじか」 ゾロは小さく笑うと、再びベッドに背中から倒れこんだ。 |
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