泡恋 11
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 狭くて湿った倉庫の中に、二人分の荒い呼吸だけが交じり合っている。
 
 ぴたりとくっついていたゾロの体が離され、ずるりとサンジの中からゾロのものが引き抜かれた。
 それに続いて熱いものがどろりと零れて内腿を濡らす。
「っ、――」
 膝だけでは体を支えられずにガクリと崩れ落ちたサンジを、ゾロの腕が掬い取って床に横たえた。
 いつしか緩んでいた拘束から腕を引き抜いて、まだ痺れる指先を持ち上げてサンジはのろのろと顔を覆う。
 正面から見下ろすゾロが、その手首を掴んだ。
「…離せッ……!」
 小さな抵抗も空しく、淡いカンテラの灯りの中に顔が晒される。
 サンジはゾロから顔を背けると、暗がりの床を睨んだ。
 涙が流せなくても、自分は今きっとひどい顔をしている。
 ボロボロのぐしゃぐしゃで、もしここに涙が加わったら更に大洪水でずるずるだっただろう。
 やっぱり涙を貰ってもらって正解だったなと内心自嘲した時、突然温かく濡れたものがまなじりを這った。
 
「…なっ…!?」
 思わず振り返り、そして目を見張った。
 
 サンジの目元を、ゾロが舐めている。
 赤く染まった目尻に沿って、温かい舌が丁寧に這わされる。濡れた部分が空気にすうっと冷える感触が、まるで涙の跡のようだ。
 呆然とするサンジの目を覗き込んで、ゾロがもう一度目尻を小さく吸い上げた。
 柔らかく前髪を掻きあげられ、瞬きをしたその瞼にも唇が落ちる。
 
「てめぇ、どうした」
 まるで獣が傷ついた身を癒すように、ゾロが言葉とともにゆうるりとサンジを撫でる。
「なにを、泣いてんだ。泣いてんのに……」
 目元から頬を通り、やがて辿り着いた血の滲んだ唇を、ゾロはゆっくりと舐めた。
「なんで、なんにも出てこねェ」
「……ッ」
 唇にゾロの言葉から漏れた息がふわりと重なる。
 解けた呼吸の合間に濡れた舌がするりと入り込んできて、深く喉の奥までサンジの中を味わうように掻き回した。
 涙なんて出ないはずの目が益々ジンと熱く痺れてきて、サンジはぎゅうと目を瞑った。
 
「なんで、なんにも言いやがらねェ」
 ゾロが静かに繰り返す。
「泣いてんのは……俺のせいなのか」
 ひどく真面目な声で囁かれて、サンジは小さく首を振った。
 
「ワリィ……」
 呟いて見上げたサンジの前で、ゾロの眉が小さく寄った。
「…何を謝る」
 再びチリ、と怒りの気配がゾロの目の奥に宿るが、サンジは緩く首を振ってもう一度口の中で同じ言葉を呟いた。
 手を握るゾロの手の平に、ぐ、と力が篭った。
「――ッ、てめぇは……!!」 
 憤りに光る鳶色の目から目を逸らさずに、サンジはゾロの拘束を解くとゆっくりその手をゾロに伸ばした。
 
「いつも勝手に抱え込みやがって…ッ、何を考えてやがんのか……言え!!」
 ゾロの声が辺りを震わせる。
 その燃えるような想いを浴びながら、サンジは笑った。
 
 ―――ゾロ。
 ごめんな。
(それに…みんなも)
 
 ごめん。
 でも。
 
 もう抑えることなんて出来なくて、サンジは震える息を吐きだした。
 
 
 
「―――好きなんだ」
 
 
 サンジは笑った。
 ゾロがゆっくりと目を見開く。
 
 
 こんなにも、こんなにもゾロのことが。
 
 
「ただ、好きなだけなんだ」
 
 
 目の端を、見えない涙が滑り落ちて行く。
 伸ばした手で、トン、と小さくゾロの胸を叩いて、サンジはその手を力なく滑り落とした。
 
「…ワリィ、ゾロ。……こんな事、言っちまって」
 息をのんだように黙るゾロの顔が見ていられなくて、サンジは息を吸うと静かに目を閉じた。
 
「忘れてくれ…いや、俺の事なんてきっとすぐ忘れるよな」
 きっともうすぐ、ゾロを悩ませる俺は消えるだろうから。
 あとは真っ直ぐ、進んでくれればいい。
 
 
 サンジは静かに笑った。
 ごめんな。
 
「好きになんか――なっちまって」
 
 
 ゾロの目に、ぐっと力が篭った。
 
「……ッの、馬鹿野郎が!!」
 
 ズガアアアアアン!!
 一際大きな叫びがサンジを打つのと同時に、鼓膜を破るような大きな雷鳴が闇夜を切り裂いて船を震わせた。
 
 

 
 
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 07.10.18