さくら
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「きれいねー。」
 
ナミさんに言われるまでもなくその景色はその言葉にふさわしいもので。
沖合いからその島を見ながらその言葉に俺は頷いた。
小さな島は、どこか薄紅で柔らかい印象をそのときから俺たちに伝えていた。
 
 
実際、その島に下りたとき俺たちを出迎えたのは薄紅の色彩。
霞がかった様にけれど確かに存在しているその島を取り巻くのは「桜」という種類の木。
様々な種類が満遍なく飢えられて一年中その島は薄紅の霞がかったような姿を見せているのだと島の住人は笑いながらそう告げた。
芳香が激しいわけでもない。
一輪の存在感は希薄といってもいいかもしれない。
けれどその咲き誇る姿には圧倒される。
 
「すげーなぁー…」
 
買出しの途中ふっと道を外して出たその場所は人気のない桜が咲き誇る場所。
一緒に買出しにきていたゾロは特に何を言うでもなく歩調をあわせるようにして俺の隣に立つ。
俺はノースブルーの出で。そうしていままでずっとひとところにいたから他のクルーに比べれば若干こう言った物を見慣れていないかもしれない。
チョッパーよりはマシとはいえ、なんだかんだ言ってナミさんもルフィーもそうしてゾロも結構いろんなところをめぐった事があることが窺い知れる。
時折思いもかけないものを知っていたりするのだ。
ともかくも、それを見たのは初めてだったので素直に感嘆の言葉を俺はあげたけれど横にいる剣豪はどうやら少し違った感慨をもってそれを眺めていたらしい。
ふっと逸らした視線の先になにやら様々な感情を伴うような表情を見つけ。
少し、齟齬を覚える。
この剣豪に情緒や風情なんて言葉は存在しないだろうと俺は思っていたのだけれどその横顔から垣間見えるのはそう言ったたぐいの感情で。それをのぞかせることのできる此花には一体どんな魔力があるのだろうかと思ってしまったほどだった。
 
「どうしたんだよ?」
 
声をかけると、ゆっくりと奴は一回瞬きをしてそれから俺の方を見た。
 
「いや…ただ、こんな凄い桜を見たのは久々だったからな…」
 
その言葉に、奴の故郷を思い出した。
酒の席か何かで欠片だけ聞き入れた覚えのある生まれ故郷の話。
奴の生まれた極東の国。
そこにはこの「桜」という花が春に咲き誇るのだと言う。
 
「他の花は特に愛でない奴でもこの花だけは別格だって奴は結構いてな。」
 
俺もその口かもしれないが、と口元を柔らかくして奴は唱えるように言葉を口にした。
 
「花は桜で人は武士」
 
「…なんだ?それ。」
 
わかるようなわからないようなその言葉。
 
「花は散り際の美しい桜に限る、そうして人はその桜に似たように散り際のいい武士が一番綺麗だ…そう言う意味の言葉、か。」
 
自嘲めいた言葉をどう取ったものか。
 
「何かの拍子に聞いてそれ以来か。俺がこうして桜を見上げるようになったのは。」
 
そんな風に付け足された瞬間風が吹き、花びらがちらちらと俺らの上に降ってきた。
風が吹けば咲き誇っていたものは散る。
それを潔いと確かに人は言うのかもしれない。けれど、それは。
この男のイメージからは若干外れる。
 
「いくら見上げたからってお前が桜みたいになれるわけないだろうが。」
 
口をふっとついて出た言葉に、いきり立つかと思えば、返ってきたのは生ぬるいようななんともいえない笑み。
それに罪悪感を覚えてしまういわれはないのかもしれないけれど慌てて付け足すようにして理由を口にする。
 
「お前はこんなに諦めよくね―だろ。何が何でもくらいついて最後までしぶとく何かをなそうとするじゃねぇか。すっきりさっぱり散っちまうなんざ…」
 
そこで言葉を止めたのは何でか。
けれど黙るのもなんなので半ば勢いに任せて口を開く。
 
「お前らしくねぇ。」
 
と。
一瞬間を空けてから低い笑い声が耳に届いた。
 
「お前の中の俺のイメージってのはどんな風になってんだよ。」
 
口調は文句を言う風でもその含まれる笑い声から機嫌を損ねたわけでないことは窺い知れて、ここまで言ってしまったんだからもはや何をいっても同じか、と思い
 
「そのとおりだよ。なんにでも諦めが悪くって執着してかっこなんか気にしないでしぶてぇ。」
 
と、思ったとおりの言葉をぶちまける。
でも、それをかっこ悪いだなんて思った事は、ない。散り際が綺麗で褒められるのは花だけだ。
後に残る事は結果のみのことのほうが多いのかもしれない。けれどこいつみたいに執着してしぶとく諦めない姿ってのも、絶対に綺麗だと俺は思う。
そこまでは言葉にしないけれど。
 
「散々な言われようだな。」
 
「そうか?素直なところを口にしたまでだ。」
 
胸ポケットをさぐり煙草と日を取り出し一本口にくわえる。
 
「でもあそこにいる奴等はそう言う奴しかいねぇだろ?」
 
煙草をくわえたまま暗に示唆してやるとちがいねぇな、と言葉が返る。
どんなに傷ついてもぼろぼろでも散り際の綺麗な奴等よりもしぶとく生き残っている奴しか俺らの周りにはいない。でもその姿は俺らの知る何ものよりも綺麗だということを俺たちは知っている。こんな桜の花よりもいっそうきれいに咲き誇る花。
泣いても笑っても、傷ついても。
そうしてしゃんと立っている限りそれは揺るがない。
もう一度風が吹いて前髪を揺らされ、又桜の花びらが落ちてきた。方に降り積もるそれは桜の最後の足掻きのようにも見えてそっとなるべく優しく払うと深く紫煙を吐く。それから
 
「戻るか」
 
と、声をかける。
俺たちの行く場所はここではなく別のどこかで。
この場所を花を断ち切るようなその言葉にゾロの奴もまた頷いた。





*END*