愛のカタマリ
 
 
 アホなのほど可愛い、という事実を体験学習させられて、ゾロはちょっぴり世界観が変わったかもしれない。
 アレってヤツは、ほんとうに騒がしいし、振り回されるし、信じられないほどアホなのだが、兎にも角にも可愛い。
 最終的には、ゾロの心身はそれを可愛いと認めてしまう。
 存在そのものが一種の脅迫めいている。そんな気すら、する。
 アレを見ていて、触っていて、引き出されるものはまさしく強迫的なまでの激情。
 けれど心身をめぐりめぐってゾロを燃え立たせる興奮は、どうしてかゾロのなかにある優しいものを出口とする。
 例えば。
――――声が違うわよ、とナミが言うのだ。
 自分では変わりないつもりだが、アレに話しかけるとき、自分の声は平素と異なるのだと言う。
 他の仲間に話しかけるとき。敵を挑発する時。哂うとき。行きがかった人間に道を尋ねたとき。
 そのどれとも違うらしい。自分がコックにかける声、というのは。
 ゾロには自覚はない。
 ナミはにやにや笑っている。目を当てられないような顔もする。確率としては、半々だ。
 けれどもあまり深く掘り下げる気もない。ゾロはいつだって気の赴くままだ。
 気の向くまま、きらきら輝くようなコックに手を伸ばす。
 
 コックが目の前をヒヨヒヨ歩いていると、つかまえて膝に抱き上げたくなる。まるこくてさらさら流れる髪を、よしよしと撫でずにいられない。
 膝に上げればコックの重みがよくわかる。意地を張っているときは、軽い。ゾロに、体なんか預けまいとして引いているのだ。けれども罵倒しながら甘えついてくるときもあり、そんなときはゾロのほうへじわっと重みがかかってくる。その微細な変化を、楽しんでいる自分がいる。
 ゾロへと向かってくる、コックの感情。
 それは物理的な質量を伴ってやってくる。
 夜中、ゾロに抱かれてコックが失神して、くったりと体重のすべてを預けられているときなどは、ゾロは最大級に気分がいい。

 コックは黄色くてふわふわしている。けれども目が合うとやけに好戦的な、見下げ果てた目つきをして見せる。
 そういう挑発を眺めていたり、男そのものの堅いがりがりした体や、骨にそってしなやかに備わった筋肉を手のひらで確かめるたびに、
―――これが、
 とゾロは思う。
 これがいい。これがたまらねえ。
 例えば昔抱いた女とか、そういうものと比較しているわけではなく。
 コックが自分に体を預け、ごろんごろんと小さい頭をすりつけるようにしてなにやらむにゃむにゃ言っているのを見ると、ただたまらない気持ちになるのだ。


 そんな感じでゾロを惑わせているアヒルは、今日は珍しくへべれけに酔っ払っていた。
 船の中で誕生日を祝われ、ナミやロビンにほっぺにキスを貰って至極ご満悦の様子だ。いつもなら歯止めをかけているらしい酒の量も、今日はちょっぴり箍が外れている。
「今日は、てめぇが後片付け、すんだぜ」
 ぐいぐいとゾロの太腿を踏みつけ、酒臭い息をさせてサンジは笑った。
 宴の痕跡がラウンジに乱雑に広がっており、酔っ払った仲間たちはすべて部屋に引っ込んだ。というよりも、ゾロが目や手で追い払ったのだが。
 コックはいつも、酒にはつきあっても最後まで正気を保とうとする。眠り込んだナミを大切に抱き上げてベッドに運ぶ、という仕事のためだ。けれどその手には性的な気配がいっさいない。眠り込んだのがチョッパーや船長やウソップでも、放っておいたらサンジは自分で男部屋に連れて帰ってハンモックにきちんと寝かせる。それから1人、手早くラウンジの後片付けをする。朝になればまた、キッチンは昨夜の宴などなかったかのように完璧に整頓され、コックは朝食を作ってゆったりと仲間を待っている。
 女尊男卑なコックのくせに、サンジは誰よりも家族的な愛情を仲間に注いでいる。そうすることが、嬉しいらしい。眠る仲間を抱き上げるときは父親のような顔をし、平らげられた皿を見つめる時は母親のような顔になる。料理中は冷徹かつ残酷なまでに料理人だが。
 その、コックが。
 ゾロの前に来ると、ヒヨヒヨしている。気配がなんとなくそうなる。人目があるときは真逆だが。
「ぞろ、きょーは俺のたんじょーびだぜ。おいどうするよコラ」
 椅子に腰かけたゾロにあわせて、コックは隣にぺたっと腰を下ろした。
「んナミさんとロビンちゃんがほっぺにちゅーなんてして下さって」
 でゅふふふふ、とコックは身をよじらんばかりに嬉しげに笑った。酒のせいか、頬骨あたりがほんのり赤い。
「で、てめェは何をくれんだ?」
 酒に酔ったような目尻が、ふわ、とひときわ優しくなる。
 ねだられているというよりは、愛でられているような気持ちになった。よしよしとゾロのひたいを撫で回してくる手が、なんとも言えない幸福感に満ちている。
「…………」
「ててててめはそればっかか!!この野人!!」
 黙って腰を引き寄せると、どういうわけかおたついた。引いた足でげしっと胸元を蹴られる。
「くそーてめーはほんとにもー、性欲ばっかの野獣でもう」
 ぺちんぺちんと、けっこうな力でひたいをびんたされる。しかしコックがよいしょと膝に、正面からまたぐように上がってきたので、ゾロは黙って目を上げた。
「そーだなー、誕生日プレゼントも用意できねぇ木石な剣豪さまのために」
「………」
「俺に好き勝手される権利を与えてやる」
「は?」
 思わず聞き返した。コックはにやーと笑っている。
 しかし酔っ払いの考えていることは、いかにも底が浅そうだ。
「てめぇは普段、俺を好き勝手しやがるもんな。今日はてめえは俺に絶対服従だ。逆らうんじゃねえぞコラ。異論はねぇな?」
「………」
 にかーっと笑うコックの頭を、ゾロは思わずよしよしと撫でくり回した。
 花の色にほてっていた頬が、かあっと濃く色づく。そういえば、と思い出す。まだとろとろに出来上がってないうちは、髪を撫でたらコックはぷんすか怒るのだった。
「ふざけんなよてめェ、馬鹿にしやがって!クソ、…てめぇにこの上ねえ嫌がらせをしてやる。不愉快な思いをさせてやる。泣いて嫌がって頼むからもう勘弁してくれと俺に土下座せずにいられねぇような目に遭わせてやっからな!」
「………」
 真っ赤になってわめく、幼児退行した酔っ払いに、ゾロは厳かに瞑目した。いまのコックの脳内年齢をカウントしようとしたら、2秒で終わってしまいそうである。
 …だめだ。
 ぎゅーっと抱きしめてえ。
「嫌で嫌でたまらなくて、震え上がる、ような…、てめェが…」
 サンジがむにゃむにゃと言う。眠くなってきたらしい。よいしょと腰を抱き直すと、サンジの体はくにゃっと揺れた。
「…いっつも俺ばっかり、…よう…」
 深酒はよくねぇな、とゾロは思う。コックの酔い方はそこそこ極端だ。けどこいつはこうやって、体内に入れたアルコールを素早くぱーっと発散させてしまうのだろう。新陳代謝がくるくると活発だ。秒単位で細胞が入れ替わっているのじゃないかと、すべすべした首筋をてのひらで撫でながら思う。
「…で、どんな嫌がらせをしてくれんだ?」
「あン?」
 ゾロの肩口でとろっとしていたコックは、物憂げに瞳を開いた。が、開ききっていない。半開きで潤んだ目に、この男しか持ち得ないような色気がある。
 たまらねぇな、と、ゾロがまた思うのをよそに、サンジはむにゃむにゃとゾロの肩にひたいをすりつけた。
「そーだなー…嫌がらせ…。てめ、何されるのが嫌なんだよ」
「俺に聞くのかよ」
「めんどくせェ。手間かけさせんな」
 ふわ、とサンジの髪の一本が、よれよれと宙に浮いた。ゾロが撫で続けていたので、静電気を起こしたらしい。
「すぱっと教えろ。てめぇの嫌ーなとこ、ぐりぐりえぐってやるから…」
 …へた、と、浮いた髪がまた静かに降りていく。ゾロの体に身をもたせて、サンジはもう眠りそうだ。
「…俺が、嫌ーなことか」
 ころん、と頭を転がすようにしてうなずくサンジの体温が、濡れたように熱い。
 それをさりげなく抱き寄せつつ、ゾロは言った。
「…てめェが寄ってくること、かね」
 ぴくり、と、髪から突き出た耳が動いた。
「…おれ?」
 ひよこ頭が尋ねた。唇は肩口につけたままなので、コックの声が肩骨に響く。
「あァ」
 いかにも不愉快そうな顔を、ゾロはしてみせた。
「てめぇがぺたぺた触ってきたり、喋りかけてきたりする、ってえのがな。俺はどうも苦手でな」
「………」
「例えばてめぇが俺の目の前で着替えだしたりしたら、それこそ地獄だ。脱ぐのと着るのとどっちかって言やァ、そりゃ甲乙つけがてぇんだが」
「へ…、へー」
 サンジが顔を上げた。頬がちょっと、白くなっていた。かかる重みが気のせいではなく軽くなって、ゾロはコックの腰を両手で支える。
「それから―――てめぇはやたらとエプロンを持っていやがるよな。俺が特に鳥肌が立つのは、ピンクのヒラヒラしたリボン結びするやつと、てめェの体型にぴったりフィットした黒のやつだ」
 むむ、と巻いた眉がぎりぎり険しくなった。
「もしてめェが、あのエプロンのどっちかを着て、俺の膝に乗ってきて…」
 コックの上体が少し、反れる。ゾロは腰を支えた手を背中にあてた。
「作りかけのメシなんかを、味見させてやるとかなんとか言って、指でつまんで食べさせられたりしたら、あまりのショックで俺ァ正気を失っちまうぜ」
「………」
「それから、俺がゆっくり風呂につかってるところに入ってきたり」
「あー、…もういい」
「寝ようと思ったら、てめェが先にハンモック入って毛布かぶってて、寒ィから湯たんぽ代わりになれとかな」
 どん、とコックの手のひらがゾロの肩口を押す。
 うつむき加減のコックの目は、何かを耐えているようになっている。
 酔いから醒めたような顔だった。
 抱き寄せると手で抗うので、ゾロは強引に頬に口付けた。
「……っ」
「あとてめぇが、顔中かまわずちゅーちゅーしてくるのとか。最高に嫌だぜ」
 嫌そうな顔をしてサンジが顔を振る。ゾロはにぃっと笑った。
「やんねぇのか?俺の嫌なこと」
「………」
 サンジはぎゅーっと口を結んだ。じわじわと目元が赤らんでくる。
 そんなこと、したか、俺。うわ。してたな。―――目の色にそんな感じの、軽い混乱がある。
「ん?」
 どうなんだよ。しねぇのか?受けて立ってやるぜ。
 うつむいた顔を覗き込んで、ゾロは口元を上げた。――――本気で恥ずかしい、と言いたげに、サンジは目を見開いて赤くなっていた。
「じゃ」
 そろそろ頃合いだ。ゾロはコックをひょいと抱き寄せ、そこそこきっちりしたつくりの体を片腕で担ぎ上げた。
「…ンな!?」
 これ以上は、ゾロのほうが待てそうにない。肩に担いだ体をひっくり返して、片腕に座らせるような感じでコックを抱き上げる。目線の高くなったコックが、あわててゾロの首回りに捕まった。
「…こっぱずかしいヤツだなてめェは!」
 扉を開けたところでコックがわめいた。声が潮風にさらわれて甲板へ流れる。階段へと歩きながら、ゾロはにやりと笑った。自分もコックのアホがうつったのかも知れない。
「で、涙が出るほど嫌で、勘弁してくれって土下座でもしたくなるようなのが、コレだ」
 歩きながら、片方の手でサンジの腹部にするりと手を入れる。うぎゃあ、と猫が総毛立つような声を上げるので、シャツをくしゃっとさせて胸まで撫で上げてやった。
「まぁコレだけでもねえんだが。ごくごく一例としてだが」
「ぁ…っ」
 あたたかい乳首を指先で撫でてやると、サンジが小さく声を上げた。小さいけれど、もうその気な声だった。酔っているぶん、奔放になっているのかも知れない。
「あとはまあ、こん中でじっくりゆっくり教えてやるよ」
 格納庫の扉を開ける。アホか、とサンジはわめいたが、先にアホをかましたのはそっちだ。
 にっと笑って見上げてやると、サンジは怒ったような顔をして、だけど耳まで熱そうになっていて。
 どんと来やがれってんだバカ、とうなって、ゾロの唇にぎゅっとキスをしてきた。


 誕生日だというのに、コックは相変わらず他人にサービスしてばかりだ。こんなにあれこれ好き勝手できるなら、なんだかゾロの誕生日みたいな気もする。
 あれもいやだこれも嫌だと言いながらゾロは、普段にも増して執拗にサンジの体を弄って舐めて撫で回して、だけどサンジがイくときだけは、その顔がたまんねぇんだ、と正直に告げた。
 もともと嘘偽りを嫌う性格でもある。本当はこの上なく気に入っているコックのあれこれを、口実とは言え厭だ嫌いだと言い続けるのもいいかげんストレスがたまってきたので、もう途中からはぜんぶ、思うままを告げながらサンジを抱いた。他人には聞かせられないようなことを、他人には決して聞かせない声音で。
 てめぇのそういうところが大っ嫌いなんだ、と、サンジはしゃくりあげながらわめいて、それでもぎゅうっと抱きしめてくるからだを、可愛い可愛いと思ってゾロは抱きしめた。

 アホだけど、可愛い。それがしだいに、アホなのが可愛い、に変わった。
 しかし今は、理由もなく可愛い。
 深刻なアホが進行しているのは自分のほうかも知れないが、ゾロはまあ、それでも悪くねぇと思うのである。


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ぎゃーッ!らぶです!らぶ!
ゾロの前でふんにゃりとろけてるサンジがたまらない…
エプロン姿でお膝にのっかるサンジがお気に入りなゾロ…わーv妄想とまりません。


berry様、どうもありがとうございました!





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