乗馬
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「うっ……わ―――――っ」
ヘリから降り立った城之内は、プロペラの巻き起こす風に金色の髪と制服をはためかせながら目を輝かせた。
「すっげぇ!」
両手を上げて幼い子供のようにはしゃいだ声で叫ぶ。
見渡す限りの緑の草原、白い柵の向こうに何頭もの馬が駆けているのが見えた。
「馬を見るのは初めてか」
「ああ、本物って初めて見たぜ!」
続いてヘリから降りてきた海馬に向かって、城之内は早く行こうと急かす。
(初めての遠出をした園児か…いや、この場合は見知らぬ土地に散歩に連れて来られた犬か)
まるでぱたぱたと大きく振られるしっぽが見えるようだと、腕組みをしながら海馬はその背を見つめた。
今度の海馬コーポレーションのデュエルシステムを応用した新型のゲーム開発には、動物の動きをリアルに再現するという作業工程があった。
その映像を描き起こしたり研究を行う為にしばらく契約して借りている牧場があるのだと、城之内が海馬から聞いたのはつい一時間前のことだ。
学校が休みの土日、決まって海馬邸に入り浸っていた城之内は行ってみるか、の言葉に即座に頷いたのだった。
「なぁなぁ、こいつらさ、乗ることはできねぇの?」
牧場主及び常注していたスタッフと話を終えて海馬が出てくると、表で繋いであった馬を眺めていた城之内が勢い込んで駆け寄ってきた。
「大丈夫だろうが…」
「俺、コイツに乗りたい!ハイネっていうんだってさ」
海馬の返事を待たずに城之内は一頭の栗毛の馬をさすった。ゲージがわりの横木に、多分観光客用なのだろう、白いプラカードが打ち付けられサインペンで名前が書かれていた。
いつの間に仲良くなったのか、城之内の手に鼻先を押し当ててハイネが嬉しげに前足を鳴らす。
「動物同士、気があったか」
「あぁ?誰が動物だっ」
「他に誰が居る。今聞いてきてやるからもう少しそこで遊んでいて貰え」
「あそっ…、ってムカツクなてめッ」
にやりと笑った海馬に、途端に歯を剥いた城之内の抗議のセリフは背中で流された。
「あれ、あいつは?」
鞍を付けて目の前に引っ張られて来た馬に、城之内は傍らの海馬を見上げた。
城之内の希望するハイネはふわふわとした栗毛だったが、この馬は全身真っ黒でたてがみも長く、体格も一回り以上大きい。
「貴様はまず乗り方を知らんだろう、まずはそこからだ。あの馬はまだ若いからな、二人分の体重を支えられない」
「え?もしかしてこれ二人で乗んのかっ」
海馬の言葉に城之内はショックを受けたような顔になる。
「大方映画の様に一人で乗り回したかったのだろうが、初めてじゃしがみ付くだけが関の山だ。残念だったな」
言い当てられた城之内がぐっと言葉に詰まる。それを見て喉の奥で笑い声を立てると、城之内は心持ち赤くした顔できっと海馬を睨んだ。
「うるせーなっ、さっさと教えろよっ」
「ではまず、乗り方だ」
笑いを収めようともせず、海馬は黒い馬の背を一撫ですると鐙に左足を掛けてひらりとまたがった。
(……あ、うわ)
その瞬間白いコートがふわりと広がり、颯爽と…まるでそんな言葉が似合いそうな光景に、城之内は思わず息を呑んだ。
青空を背に、馬上で真っ直ぐに伸ばされた海馬の姿が、なんと言うか…めちゃくちゃ格好良い。
(黒馬も雰囲気に合ってるけど、これが白馬でも似合うんだろうなぁ…)
ぽわんとした気分で想像していたのだが、次のセリフで我に返った。
「…何を呆けている。只でさえ間抜けな顔が更に抜けているぞ」
「なんだとっ?いっつもここって時に一言多いんだよテメーはっ」
いつもの憎らしい言葉に一気に夢から覚めた。見上げる蒼い双眸は面白げに細められている。
「捕まれ」
馬上から海馬が手を伸ばした。
ごく自然に差し出されたその手に何故かドキリとして、城之内は戸惑った。
力強い腕が、城之内を引き上げる。その逞しい感覚にさえもう一度ドキリとして。
(やばい…馬に乗ってるからか?海馬がいつもより二割増カッコよく見える……って暑さでイカレてんのか俺)
内心激しく鳴る心臓を抑えながら、城之内はなんとか鞍に跨り海馬の前に収まった。
ほっと一息ついて周りを見れば。
「すっげぇ――っ気持ちい――」
馬上の光景に城之内は声を上げた。
いつもより遥に高い視界は緑の大地を何処までも写し、風も空に向かうように高らかに吹き抜けて行く。
クリアな空気に目を細めたら、どん、と背がぶつかった。
忘れていた。すぐ後ろには海馬が居たんだった。
「いいか、歩かせるぞ。手綱を取れ」
「こ、こうか?」
城之内の背にぎゅっと、海馬の体温が重なってくる。
背後から抱きしめられるように、海馬は城之内の上から手綱を握った。
「まずは足踏みから……」
海馬の低い声が、耳のすぐ上で聞こえる。
(乗馬の練習、だってのに……)
まるで抱擁を受けているかのような感覚。かあっと体の熱が上がる。
(海馬に顔が見えなくて良かった)
邪念を振り払うようにふるふる、と頭を振ると、城之内は手綱を握る手に力を込めた。
一方海馬といえば、城之内の後ろで満足そうな笑みを口元に浮かべていた。
体を必要以上に抱きしめているのも、肩口に顔を埋めるように話しているのも、実は半分以上意図的にやっていた事である。
城之内の顔は見えないが、その様子は赤く染まった耳を見れば容易に想像が出来た。
(…ふん、悪くはないかもしれんな)
ふわりと海馬の胸に預けられる体重。眼下で揺れるまるで子犬の毛並みの様な金糸に、海馬は笑ってそっと唇を埋めた。
……しかし、それから。
「海馬―っ馬乗らせてくれ!」
バタン!とノックもなしにいきなり書斎の扉を開くと、うきうきした表情の城之内が飛び込んできた。
それを見て、途端に海馬は苦虫を噛み潰したような顔になった。
「煩い。今仕事中だ、後にしろ」
と追い払えば、
「んじゃモクバか、あ、磯野さんとかでもいいや。連れてってもらう」
あっさりと言い捨てて部屋を出て行こうとする。
……この調子だ。
城之内は乗馬がとても気に入ったらしく、毎週海馬邸にやってきてはあの牧場に連れてってくれとねだる。
いくら休日で会社が休みだとはいえ、海馬にとっては仕事場を自宅に写したに過ぎない。
故に城之内の相手ばかりもしていられないのが現状だ。
かといってヘリですら三十分以上はかかる道のりを歩いて行ける訳も無く、最近では鳴き声が煩いと見かねたモクバに犬の散歩を任せていたのだが。
……だが。
海馬のこの苛々と募る不満は、もっと別の所に起因していた。
「ちょっと待て」
部屋を出ようとする城之内を、低い海馬の声が引きとめた。
「……馬に乗るのはそんなに楽しいか」
「おう、すっげー楽しいぜ!」
即断して城之内は晴れやかに笑うと、すぐに思い出したらしい乗馬の様子を指折り話し始めた。
その目はまるで海馬を捉えてはいない。
無邪気すぎる様子に、海馬はふつふつ湧きあがる様な苛立ちを益々つのらせる。
(……面白くない)
自分より、馬とじゃれる方が楽しいか。
呟いて、クッ、と海馬は口端を歪めた。
まるで子供のような感情に、自分でも笑いたくなる。
しかし一度流出し始めた感情は抑え様も無い。
城之内は海馬の眼が剣呑な光を宿したのにも気づかず、楽しげに声をたてた。
「……でさ、ハイネが」
城之内が愛しそうに鼻先を撫でていたあの栗毛の馬。その名を耳にした瞬間、海馬の中でついに何かが振り切られた。
がしっと、湧き上がる力のまま海馬は城之内の腕を掴んだ。
話に夢中で海馬が傍に寄ってきたことに気づくのが遅れた城之内が、驚きに目を開く。
「?なんだよ海馬…って、うわっ?」
抗議の声を上げかけた城之内を、そのまま力任せに部屋の奥、自室に続く扉を開けて中に引きずり入れると、海馬はその体をベッドの上に放り投げた。
予想もしていなかった行為に、城之内は投げられたそのままの勢いで背中から思い切りベッドにダイビングし、厚いスプリングに受け止められた。
「……っっにすんだよ!?」
激しくバウンドするスプリングから身を起こそうとすると、それを押さえ込む様に海馬が覆い被さってきて、城之内の手首を縫いとめた。
「か、海馬……?」
じっと自分を見下ろす海馬の瞳に、暗い怒りが宿っているのにようやく気づいた城之内が、小さく肩をすくめて瞬きをする。
獲物の怯えを見て取った肉食獣のような獰猛さで、海馬はひたりと笑った。
その笑顔に、明らかに嫌な予感がして城之内の顔が引きつった。
「乗りたいのだろう?……ならば嫌というほど乗せてやろう」
「ちょ、待てって、はな…」
落ち着け、話し合おうという城之内の台詞をねじ込めるように、海馬は激しくその唇を塞いだ。
ぎしりとベッドが二人分の体重を支えて揺れる。
喘ぎ声、掠れた、熱い息遣い。
それが一体誰のものなのか、城之内は認識する気力など残っていなかった。
「…ぅ、あ…っ」
ただ熱に浮かされたように、目の前で笑う男を見つめる。
一体何がどうなってしまったのか。
わかるのは、足の下には上半身をベッドサイドに凭れた海馬の体があって、自分はそれに跨るようにして両足を開いている。
散々高ぶらされた自身は、もう堪えきれない城之内を代弁するかのようにとろとろと蜜を溢して、海馬の腹や城之内の両脚をしとどに濡らしていた。そして。
「どうした」
「ひっ…」
己の存在を示すように海馬が少し腰を波打たせれば、ビクリと城之内の体が大きく跳ねた。
後孔にぎちりと埋め込まれた熱い楔が角度を変えて城之内の内部を抉り、痺れるような快感を生んだからだ。
しかし海馬はそれ以上自分から動こうとはしない。
ドクドクと熱く脈打つ存在を自分の最奥で感じて、城之内は震えるまま熱い吐息を吐き出した。
少しでも動くと、貫かれたままの海馬をいたずらに刺激してしまう。それによって自分の体にどんな事が起るのか。
怖くて城之内は海馬の上に跨ったまま動くことが出来なかった。体の熱をやり過ごそうと、しきりに荒い息を吐く。
今すぐ……て欲しい。
しかし耐え切れない状態ぎりぎりに持ち込まれた体は、必死にそう訴えている。
どうすればこの状況から抜け出せるのか、男の指す言葉の意味も理解はしていたのだが、それを必死に抑えているのは城之内の中に僅かに残る理性と羞恥心だった。
でもそれすら、体の中で暴れる激しい熱に押し流されかけていて。
「か、いばっ……も、…」
放置された状態に我慢できなくて、自身の熱を持て余した城之内が縋る様に赤い目元で海馬を見上げた。
城之内の心情を見透かしたように、海馬はニヤリと笑いを浮かべる。
「散々練習しているのだろう?動いてみろ……城之内」
耳の奥に響く低い声。
しかしそれは容赦なく城之内を突き放すものだった。
「……で、きなっ…」
ふる、と小さく首を振れば、目尻から新しい涙が零れた。
「……強情な事だな」
クッと笑って、海馬は城之内の前に手を伸ばした。
「ヤ、あ…ぃっ…!」
きゅぅっ、と大きな手で握りこまれて、強すぎる刺激に城之内の脚ががくがくと震えた。
力を入れて跳ねた体は、同時に後ろに銜えていた海馬をも強く締め付けてしまい、城之内はひっ、と小さく息を吸い込んだ。
「そのまま背を伸ばしてみろ」
ぶるぶると圧迫感に耐える城之内に、言葉が落ちる。
「……っ」
小さく腰を浮かせかけたまま、迷いと羞恥の末に再び首を振ろうとした城之内の先端を、海馬の指が強くくじった。
「ひあっ…!」
びりびりとした刺激に、目の前がちらちらと霞む。その快感に酔おうとした城之内の意識は、しかし次の瞬間鋭い痛みで引き戻された。
涙の滲む眼で見れば、海馬がぎゅっとその根元を握りこんでいる。
「なッ……離し、て…」
「自分で動け」
自分を見つめる激しい、けれど冷たい瞳の前に、城之内はぎゅっと唇を噛んだ。
「あっ……ぃ、ぁあ…」
そろそろと動く度に内部を擦り上げるものの感触に、城之内は嬌声を上げて身を震わせた。
頬を滑り落ちた涙は、汗とともに反らした首筋を伝って胸に落ちる。
自分のイイ所に当たったのだろう、城之内は一際大きく体を震わせると、腰を下ろしていた動きをビクリと止めた。
その際に殊更強く締め付けられて、海馬の眉間に小さく皺が寄る。
自ら行き来をさせてまだ二往復もしていない。この調子では先が見えている。
さてどうしてくれよう、と海馬は腹の底で冷えた考えに一人笑った。
何気なく、城之内の先程から声を上げつづけて開きっぱなしの唇をなぞった。
すると無意識なのか、その指をちろりと舐めてきた。
そのまま濡れる口腔に指を差し入れると、たどたどしい動きで舌を這わせてくる。
まるで大切なものであるかのように、こぼさないように銜えたまま丁寧に自分の指を舐める城之内に、知らず海馬の口元に笑みが浮かんだ。
まるで犬が許しを請うような、拙いけれど必死な動作。
「……ヘタクソめ」
待ち飽きたわ、と海馬が呟くと同時に城之内の視界が反転した。
「ぅぁっ?」
背にあたるシーツの感触、笑う海馬の顔を真上に城之内が状況を理解するより早く、
「ぃあっ、あああぁっ……」
刺し貫かれた熱い衝撃に、城之内は世も身もなく叫んでシーツを握り締めた。
海馬の熱い楔が、容赦なく城之内に打ち付けられて、を追い上げられる。
全身を揺さぶる激しい衝撃に、体の奥から震えが走った。
思考なんて微塵も吹き飛んで、呼吸をするのが精一杯。
それでもうっすら目を開くと、同じく汗ばんだ海馬の横顔が垣間見えて。
体全体で待ち望んでいた感覚。
熱い奔流に打ち震えながら、城之内はその熱を離してしまわぬように、ぎゅっと目の前の人物の広い背中を抱きしめた。
「……で、何なんだよ一体っ!」
ベッドの上から、まだ先程の余韻で赤く染まったままの目元を上げて、城之内は海馬を睨んだ。
シーツに頭からくるまってベッドに転がる城之内は、怒りの為か羞恥の為か真っ赤な顔をしている。
立ち上がる気力はないらしく、声もどこか枯れたままだ。
「何とはなんだ」
一方シャワーも浴びてすっきりとした海馬は、書斎から持ち込んだノートパソコンをベッド脇の机で開きながら、ちらりと横目で城之内を見遣っただけだ。
その態度に、ムカっと城之内の眉が釣りあがる。
「何でいきなりこんなことしたんだって聞いてんだよ!何怒ってたんだよっ」
海馬はしばし城之内の顔を見下ろしていたが、
「さぁな。忘れた」
事もなく言ってパソコンに向き直った。
「てめェなっ……」
怒りに震える城之内だが、今の体調では所詮勝てないと悟ったのだろう、ぶつぶつと文句を言いながら不貞腐れてゴロリとベッドを転がった。
「あーあ、これじゃ今日は乗馬ムリじゃん……」
ため息がちに漏らした言葉に、海馬がふと城之内に視線を向けた。
「馬になら乗せてやっただろうが。今日も」
「……あー?」
訳もわからぬままもう一度ころりと反転して、城之内は蓑虫状態のまま海馬を見る。
「何言ってんの?海…」
馬……。
そこまで言いかけて、城之内の顔が見る見る赤くなった。
にやりと笑う海馬に、自分の気づいた意味が正しいと知る。
信じられねぇ、と涙目で呟いて。
どこにそんな元気があったのか、城之内は素早い動きでベッドサイドの枕を取ると、力一杯海馬に投げつけた。
「……っのオヤジ!変態!バカ社長―――ッ!」
海馬邸に、城之内の絶叫が響き渡った。
Fin.
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…色々ピュアだったつもりですが、こういうネタ書いてるあたり、やっぱり根幹は今と変わらないですね…v
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