ユウアイ |
平日の住宅街。まだ日も高いその路地の真ん中で、サンジはふらふらとやる気なく歩いていた足を止めると、少し汚れた制服の埃を手ではらった。 時折すれ違う近所の人の視線が煩いのはいつものこと。 天然の金髪につけ、平日のこの時間に制服姿でウロウロしているのは目立つのだ。 しかもシャツは胸まで開けて裾もはみ出し、ジャケットはよれよれ、ズボンも腰履きにしている為にズルズルとだらしない。ウォレットチェーンがじゃらりと重い音を立てる。 「チッ…」 サンジは切った口の中のぴりっとした痛みに顔をしかめながら、一軒の家の門を開けた。 つい癖で郵便受けをチェックしてから、ポケットから出した鍵で扉を開ける。 音を立てないように極力そっと開けた扉の中、シンとした気配の中を探る。 日光が遮られた家の中はひやりと暗い。両親は共働きで、数いる兄弟たちも皆学校に行っている時間だ。 サンジはほっと息を吐くと、リビングのテーブルに郵便物を置いて廊下ぺたぺたと歩き、二階の自室へ向かった。 外は明るい光に満ちているというのに、心は暗く沈んでいる。 何をする気力も起きない。学校も、好きな料理も何も手につかずただ苛々と鬱屈した気分だけがわだかまる。 学校をサボって街を歩けば他校の奴らに絡まれるのはいつもの事だが、しかしいくら喧嘩をしても気分が晴れることはなかった。 近所でも評判の一家。その中で唯一出来の悪い弟というのが自分のポジションだ。 サンジがこうなったのは全て兄のせいだ。 一学年上の兄、ゾロ。 そう、全てはゾロの――。 学年の首席で剣道の覇者で、先生受けもよく、多くを語らない真面目なその姿勢から女の子にもよくもてたゾロ。 それが憧れで誇りに思っていたのは小さい頃の話だ。 中学あたりになるにつれ、その姿はどんどんサンジを追い詰めた。 どこに行っても誰に聞いても、サンジはサンジではない。「ゾロの弟」そんな目で見られる。 教師も生徒も、ゾロという優秀な人間と比べた自分しか、目に映さない。 成績も素行も全てそうだ。ゾロというレールから少しでも逸れれば皆口を揃えてすぐにこう言うのだ。 『お前の兄さんだったらなぁ』 『兄さんじゃないからしょうがないよな』 兄だったら、もっと何だ。 兄と違う事でどうしてそんなに諦めた目で見られる。 サンジはサンジだ。兄ではない。 兄と同じ性格で同じ能力で、コピーのようにそっくりそのままでないと、まるで自分が認めてもらえないようだった。 卑屈だとわかっていても、それほどまでに兄の存在は重かった。 けれど、絶対、その重みに潰れたくなどはなかった。 だからサンジは変わってみせた。兄とは違う人間であることをアピールし始めたのだ。 それはとても簡単なこと。 全ての印象を、兄と真逆にすればいいだけだ。 学ランの第一ボタンまでキッチリとめていたゾロと反対に、サンジの制服は常に前開き、シャツの1個目までボタンが開いている。 皆勤の兄とは違い、よく授業もサボって出席日数ギリギリだ。 サボっていれば他校の同じようなヤツラに出くわすことも多い。元々血の気の多く腕にも自信のあるサンジだ、喧嘩も煙草の味もすぐに覚え慣れた。 そんなことは、とても簡単なこと―――。 ギクリ、サンジは廊下の途中で足を止めた。 廊下の途中、ゾロの部屋の扉が開いていた。 その入り口に音もなく立っていた男に、小さく歯噛みする。 大学が休講だったのか、よりにもよって一番居て欲しくない相手だ。 眼鏡の奥の平坦な視線。怒るでも蔑むでもなく、ただ真っ直ぐにサンジを捉える強い目線だ。 サンジはふいっとあからさまにゾロから目線を逸らすと、ドカドカと足音も荒く大股で廊下を進んだ。 狭い廊下を半分塞ぐように立つゾロを押しのけるようにすれ違う。その瞬間ぐいっと腕を掴まれた。 「……ッ!」 反射的に振りほどく。 が、叶わずにもう片方の腕で首を捕まれ、壁に押し付けられた。 サンジも喧嘩に強いが、ウェイトとパワーに長けたゾロとはまたタイプが違う為、力で押されると叶わない。 まして長年の兄弟とあれば、次にどういう行動に出るかはお見通しだ。 蹴りを繰り出そうとした両足を容赦なく踏まれ、サンジは顔をしかめた。 「随分早い帰りじゃないか」 「今日は半日で終わりの日なんだよ」 ゾロの質問に口先で応戦し間近に迫る顔をぎっと睨めば、ゾロはクン、と犬のように鼻を鳴らして突然サンジの開いた襟元に鼻先を突っ込んだ。 「……何しやがるッ!」 慌てて押し退ければ、ゾロが眉を顰めた。 「煙草の匂いがするな」 「……駅前の店寄ってきたからだ」 店舗の狭さゆえに禁煙席のない小さなファストフード店は、入るだけですぐに持ち物全てが煙草の匂いに塗れてしまうのをゾロも知っている。 そんな見え透いた言い訳など信じないだろうが、絶対に本当の事など言わない。 「へぇ。じゃあ」 ゾロが小さく笑った。 「血の匂いはどこでつけてきた?」 ゾロの目に暗い光りがよぎった。 気配の変わったその色に咄嗟に逃げをうったサンジの腕が、即座に強い力で掴まれる。 「入れ」 有無を言わせない力で、ゾロはサンジを部屋に投げ込んだ。 正面にあったベッドにぶつかりそうになって身を反転させた所で、ガチャリ、部屋に入ってきたゾロによって扉の鍵が下ろされる。 「……」 「やったら仕置きする、と何度言ったらわかるんだ」 喧嘩、煙草、遅刻に早退。 ゾロが叱るのはそういった、おままごとの様な正しさのもと。 けれど。 距離を取って睨むサンジの前で、ゾロが笑う。 優等生と言われてきた学校での顔、頼れる先輩と慕われてきた顔、そのどれとも違う顔で。 サンジの前だけで見せる顔で笑う。 「それとも、仕置きされてぇからやってんのか?」 見下ろすような言葉に、サンジの頬にカッと血が上った。 「ふざけん…ッ」 言葉は最後まで続かなかった。 獣のような俊敏さで、サンジはベッドに押し倒された。 抵抗も空しく、まるで引き破られるように制服が脱がされる。 「……やめろ…ッ!」 下着も取りさられ、むき出しになった肌。 寒さだけではなく、サンジの体が震える。 ゾロは眼鏡の下で面白そうに目を細めると、サンジの白い脚の間に手を伸ばした。 「ようやく伸びてきたな」 「……っ!」 太い指先でチクチクとくすぐられるのは、自分の下生え。 ここ数日でようやく肌を傷つけない程度にまで伸びてきたそれはまだ頼りなく、元々の金色の色素のせいもあってまるで幼児のようだ。 「残念だったな、サンジ」 言葉とは裏腹に。酷く優しい兄の顔でゾロが笑い、サンジの頬をゆったりと撫でた。 「……ッ」 ジュワ、と股間に掛けられたシェービングの泡の冷たさに、ぐっと力を込めてサンジは自分の足首に爪を立てた。 右手首と右足首、左も同様に縛られ大きく開かされた股間に、ゾロは丁寧に泡を塗りこめていく。 「ひ……」 ひたりと押し当てられた剃刀の感触にゾクリと肌を粟立てれば、鳶色の目が薄く笑った。 その憎らしい顔に、声を出すものかと唇を噛み締める。 シャリ、シャリ、と小さな音が立つ度に股間が空気に触れていく。 冷たい刃、そして何も無くなった肌の上を確かめるように辿る、熱い指先。 丁寧なその指使いに、じわりとサンジの中心が熱を持っていく。 荒くなりかける息を飲み込んで、絶対に反応してなるものかとサンジは体の感覚を意識の外へ追いやろうと必死に目を瞑る。 身近に感じるゾロの気配。 息遣い、ほのかな汗の匂い、逃げられるはずもない、その瞳。 「綺麗になったな」 泡を丁寧に濡れたタオルで拭い、隠すものが何一つなくなった股間をゾロの視線が舐めていく。 「あんまり言う事聞かねぇと…今度はここ縛って学校行かせるぞ?」 つ、と撫でられた自分のものが小さく震えた。 「変、態……ッ」 それは恐怖なのか、それとももっと別の何かなのか。サンジはわからず、いつも赤く滲んだ目でゾロを睨むばかりだ。 兄だけは、絶対に認めない。 何もかも自分と違い、こうして自分の感情も体も揉みくちゃにして、思うまま翻弄するこの男だけは。 だから全てを逆にすると決めたのだ。 ――けれど。 そういったことが全て、兄を。 ゾロを意識している、だなんてこと。 「絶対に、俺は、……ッ」 涙を滲ませ叫ぶサンジの体を、突然ゾロがベッドに押し倒した。 唇に親指が突き込まれ、舌を押さえつけられ言葉を奪われる。 「わかってるさ」 「…っ、……」 見上げた先で、ゾロが笑った。 「…だから俺は、絶対にお前の兄でいてやるんだ」 体も心も犯しはしない。 その代わり、ずっと離れられないように。 真っ直ぐに落ちるゾロの瞳。 近づいた顔が、濡れる息を零すサンジの半開きの唇を掠め、頬にキスを落とした。 すぐに離れていくその熱の寂しさを打ち消すように、サンジはギリ、と差し込まれたままの男の指に歯を立てて、込み上げる想いを飲み込んだ。 形にならないまま暴れ出そうとする感情を無理矢理殺し、今はただ目の前の男を睨みつける。 目線の先で、ゾロは眼鏡を押し上げると酷く綺麗な兄の顔で笑った。 |