君をつないで。 3
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 西日が傾き、道端に長く二人の影を伸ばす。いや、正確にはゾロだけだ。
 隣を歩くサンジの影は、伸びていない。
 でもそれをどちらも口には出さなかった。
 サンジの道案内のお陰で、目的の場所はもうすぐだ。
 けれど繰り返しサンジに取り付く影を振り払ったりゾロが道を間違えたりしていたせいで、すぐ隣の町まで歩くだけなのにひどく時間がかかってしまった。
 
「なぁゾロ……」
 ぽつり、サンジが何かを言いかけて、口をつぐむ。
「んだよ」
 
 無言でオレンジに染まる道を歩く。
 やがてサンジがその歩みを止めた。
 
「ゾロ…俺な」
 夕陽に紅く染まりながら、きらきらと金色の髪が揺れる。
 サンジは少し困ったように笑ったあと、ゾロを見つめていた青い目をすっと逸らした。
「おい……」
 その態度が気に入らなくて声を荒げかけたゾロの前で、あ、とサンジがまぬけな声をあげた。
 
「どうした」
「やべぇ、俺、消える…気がする」
「あ?」
 
 サンジが繋いでいない手を目の前まで持ち上げた。
 その指先がうっすらと淡くなっている。よく見ればサンジ自身が全体的に薄くなりはじめ、背後の家や道が透けて見えている。
 慌ててサンジの両腕を掴むと、ゾロは声を張りあげた。
「明日も来い!ここだ、いいな、ここに来いよ!待ってるからな!!」
「え…」
「いいから来いったら絶対ぇ来い!もし他のトコに行きやがったら…――」
「……行きやがったら、なんだよ」
 
「お……俺が迷子になるじゃねぇか」
 ぼそり、言った台詞にサンジはきょとんと目を開いた後、ぎゃははははと火がついたように笑い転げた。
「クソッ、笑うんじゃねぇ!」
「ひ、ひははは、わ、わかった」
 笑い事じゃない。ゾロにとっては死活問題だ。もし違う場所に出られでもしたら、ゾロがサンジを探し当てるのはジャングルの中で無くしたコンタクトレンズを探すくらい難解だ。
 もしもその間に、サンジがあの変な影に攫われでもしたら。
 その事態を考えてぐぐっと表情を険しくしたゾロの眉間を、サンジが手の平で小突いた。
「オヤスミ迷子ちゃん。……またな」
 サンジはいつもの生意気な表情を作ってゾロに笑いかけると、そのままスウっと空気に溶けるように消えていった。
 
 日が沈み外灯が灯る暗い道端。
 まだサンジの手の形の残る自分の拳をじっと見つめて、ゾロは一人立ち尽くした。
 
 
 
 
 
 
 
 真夜中、静かな住宅街の中でゾロはじっと座り込んで道端を睨みつけていた。
 昨日から一度も家に帰っていないので、脇には鞄と立てかけられた竹刀。しかも学ラン姿で見るからに不審だ。
 パトロールに見つかるか近所の人間に通報でもされたら即座に家出少年として連れて行かれるだろう。
 けれど何があろうとゾロは朝までここを動くわけにはいかない。
 
 サンジが消えたその場所を睨みながら、ゾロはふと思い立って鞄の中を探った。
 取り出した携帯電話。バイブではなくサイレントにしている為にほぼ着信には気付かない、携帯している意味のない代物だ。
 見れば案の定、ディスプレイに見知った名の着信履歴がある。
 その履歴にコールすれば数秒後、静かな夜をつんざくような声が耳を突き抜けた。
 
『ちょっとゾロ、昨日から一体ドコ行ってたのよ!町内で迷子にならないでよね恥かしいッ!!』
 事件に巻き込まれたとかいう可能性は一切考えないらしい妹のナミに、ゾロは一旦遠くに離していた携帯を傍に寄せて口を開いた。
「あー…悪ィ」
『…大丈夫なの?』
 そっけなく、溜息がてらに小さく呟かれた声。
 ゾロに似ず頭の良く切れるナミは、今回の件でゾロが内面で揺さぶられていたことにも気付いていたのだろう。
「…ああ、大丈夫だ。それよりちょっと聞きてぇんだが―――」
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ガン!と腹に思い衝撃を受けてゾロは覚醒した。
 何時の間にか眠っていたらしい。
 慣れた衝撃に寝ぼけた声で「あーあと10分…」とむにゃむにゃ言えば、
「ふっざけんなクソミドリ!!てめぇ、ちきしょう……ッ」
 どこか泣きそうにも聞こえるその声に、ゾロはぱちっと覚醒した。
 うっすらと空が明るみ始めた時間で、あたりはシンと薄暗い。その中で一際目立つ金髪頭が、地に這いながらゾロに手を伸ばしていた。
 素直に助けてと言えないところがこの男らしいが、しかしそれも時と場合を考えろと言いたい。
 ゾロはチッと舌打ちすると、空を切っていたその手をがっしりと掴んでサンジの体を引き上げた。
 下半身に纏わりついていた影を、脇にあった竹刀で叩き割る。
「……っ」
 はぁ、はぁとどちらとも息があがっている。
 まったく心臓に悪い寝覚めだった。
 
 
 
「あのままあそこで一晩明かすなんて信じらんねぇ」
「冬じゃなくてよかったぜ」
 寒かったら寝づらいからな、と言えばそういう事じゃねぇんだよ!と隣にいたサンジに吼えられた。
 今日も仲良く手を繋いで青空の下。
 流石に一昨日からあまり寝てないせいで、生あくびがとまらない。
 しかし気を抜くとすぐにサンジが何かに掴まれるので、ゾロはふるふると頭を振った。
 
「なぁ、ゾロ」
 ぴたり、とサンジが歩くのを止めた。
 それに合わせてゾロも止まって隣を向く。
 サンジは小さくうな垂れていた。
 
「もう…いいよ。俺、わかってるんだ」
「何がだ」
 サンジは顔を上げると、ゾロの目を見て笑った。
「…俺さ、こうしてゾロとさぁ、何かちょっぴりシチュエーション違ぇけど、こーして手繋いで一日いちゃいちゃすんの、夢だったんだよね」
 驚いて目を見開いたゾロに、へへ、とサンジが照れたように再び俯く。
「だからさ、もういいよ。こうして最後に夢が叶ったんだし、俺もう……」
 
「馬鹿野郎!!」
 最後まで言い終わらないうちに、ゾロはサンジの手を強く引いてその顔を上げさせた。
「んだと!だって俺もう死んでるんだろ!?あの影だって、俺を狙ってる死神だ。いつか俺も……」
 
「うるせぇ黙れこのアホが!例えそうであっても誰が連れてかせるかよ!!」
 ゾロはまだ何かを言い募ろうとする青い顔のサンジを、がばっと足下から抱きかかえた。
「ば…何すんだ!降ろせ恥かしい!!」
「うるせぇ!四の五の言うともっと恥かしいことすんぞ!!」
「な…ッ!?」
 両腕の中で暴れる体を、腰をホールドして逃がさぬようにする。
「ふざけんな人攫い!!ぎゃあああ助けておまわりさーーん!」
「ちきしょう最初っからこうすりゃよかった」
 アホな叫びを上げる金髪を問答無用で抱えながら、ゾロはのしのしと歩き出した。
 
 おそらくサンジ狙いなのだろう、時折ゾロの脚に絡み付く黒い手を蹴り散らしながらひたすら歩く。
 途中で抵抗するのに疲れたのか諦めたのか、やっぱり道に迷うゾロに呆れたのか、溜息つきつつサンジが指示を出し。
 
 そしてようやくゾロは目的地に辿り付いた。
 
 
 
「東海病院……」
 大きな建物を仰いで、サンジが呆けた声を上げた。
 そんなサンジを抱えたまま、ゾロは正面の大きな自動ドアを入った。
 
「ゾ、ゾロ…」
 病院に入ると、サンジの体が目に見えて震えだした。ぎゅっとゾロの肩に掴まるその手の力に、ゾロは小さく眉をしかめる。
「何がそんなに怖ぇ」
「…!」
 肩口でサンジが小さく息を呑んだ。
「何をそんなに怯えてるんだ。…逃げてるなんて、てめぇらしくもねえ」
 階段を上り、ナミに聞いた通りの部屋を目指す。
 そしてある個室の前で、ゾロはサンジを降ろした。
 
「し、知りたくねぇよ…だって」
 サンジが弱々しく首を振って後退さる。
「だって…ジジィ、俺をかばって……」
 そのサンジを後ろから押し入れるようにして、ゾロはドアを開けた。
「馬鹿野郎、よく見ろ!てめぇのジイさんならまだピンピンしてる!」
 
 
 
「小僧……」
 突然開け放たれた扉に、部屋の奥に腰掛けていた老人が目を上げた。
 右手に包帯を巻き、それでも店に出ているのか見慣れた白いコックコートを着ている。サンジの祖父である、ゼフだ。
 そしてその前のベッドに横たわっているのは、サンジ。
 青白い顔のサンジは、ピクリとも動かずただ昏々と眠っている。
 
 サンジは呆然としたように、ゼフの姿を見ていた。
「じじぃ…腕、俺のせいだ」
 よろっと逃げ出そうとしたサンジの体を、後ろに控えていたゾロが捕まえた。
 アホなくせに頑固なその丸っこい頭を引っつかむと、ゾロは泣きそうになっている青い目を間近に引き寄せた。
 
 
「……ッ!?」
 呆然としていた青い目が、しばらくして戸惑ったように揺れる。
 初めて合わせたサンジの唇は、どこかひやりとしていて甘かった。それはゾロにとってのサンジだから、だろうか。
 そしてすぐさまカーッっと染まる目尻を、ゾロはついでのように舐め取った。
 
「てめぇ、この期に及んでここから逃げるってんなら、俺ァもう遠慮はしねぇ…」
 ニヤリ、まるで喧嘩のようにサンジの頭を掴んだままで凄むゾロに、サンジはびくっと肩を揺らした。
 
「俺に今この場でアレコレされる覚悟があるなら、俺を倒してここを通っていくがいい」
 押し倒されるのはテメェだけどな、と笑ったゾロの腹にぎゃああと叫んだサンジの蹴りが飛んできた。
「…ッ!」
 入り口あたりまで吹き飛ばされるほどの、重い蹴り。
 生身じゃないくせに、その威力はいつもと変わらない。これなら最初からあの影みたいなのも自分で蹴散らしとけアホが。
 
「ばっ、ばーかばーかエロマリモ!てめぇが死ね覚えとけこんちくしょー!俺は逃げネェ!!」
 腹を押さえなんとか踏みとどまったゾロに、サンジは耳まで真っ赤に染めながら指をつきつけた。
 そしてぴゅっと横たわる自分の体の中に飛び込むように、姿を消した。
 
 
 
 突然部屋に入ってきて一人コントをやらかしていた孫の友人にあっけに取られていたゼフだったが、目の前の孫の目がうっすら持ち上がったのに気づいて慌てて視線を戻した。
「チビナス……!」
「ジジィ……」
 
 きょろ、と宙を彷徨った青い目が、入り口付近のゾロを捉えた。
「……マリモ」
「おう」
 ゾロはベッドに近寄ると小さく持ち上がったふとんの中から、ふらふらしていたサンジの手を引っ張り出した。
 その手の平をしっかり繋ぐと、引き寄せた甲に小さく歯を立てる。
 
「…逃げないんだよな?」
「……ッ!!」
 盛大に真っ赤になったサンジの顔に、ゾロは顔を寄せる。
 
「ば…っ調子にのんなテメェ!」
 ニヤニヤ笑うゾロに、ぎゃーと叫んでゾロを押しのけるサンジは今まで寝ていたとは思えない程元気だった。
 何やらすっかり二人の世界が出来ている孫の様子に、傍らのゼフが呆れたように溜息をついて席を立った。
 
 
 ゾロが繋いだ手を、サンジは今度は振り解こうとしなかった。
 その手はゾロと同じくらい熱を持っていて、ゾロはぎゅっと強く握りしめると全開の笑顔でサンジを抱きしめた。
 
 
 





* END *



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 なんだか勢いだけでがーっと書いてしまったお話ですが
 サンジを狙う影とかひたすら手を繋いでるとことか、
 が大好きなゲーム「ICO」のパロにはからずもなってしまったかも…
 ちなみにサンジはゾロ以外に見えてなかったので、ゾロは街中では常に独り言言いながら片手を差し出してる不審者です。
 
07.05.28