だからその手を離さない 10
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 目を射す光に、サンジはうっすらと目を開けた。ぼんやりとした視界に映る、見慣れた天井。
 カーテンから差し込む白い陽光を避けるようにサンジは身じろぎ、そして背中に走った激痛に息を詰めた。
「……ッ!?」
 体全体も重苦しく、手足も動かない。背を刺激しないようにそろそろと頭だけを動かして窓とは反対に顔を向けると
「ッ!!」
 すぐ目の前にゾロの顔があって、サンジは驚きに言葉にならない声を上げた。その衝撃に背中に鋭い痛みが走り、今度は息を詰めて身もだえる。
 その声に眠っていたゾロの眉がちょっぴりしかめられる。
 どきっどきっと跳ねる心臓を抑えて、サンジはようやく昨日の出来事を思い出した。
 
「ゾロ……」
 小さく呼ぶ。
 幾分頬の肉が落ちて、精悍さが増しているその顔。昨晩は気づかなかったが、所々無精ひげも伸びていて、そしてなんだか汗臭い。
 静かに眠るその顔にたまらなく触れたくて、サンジは腕を上げようとした。しかし重たい物に押さえつけられているかのように一向に布団が持ち上がる様子はない。
 いぶかしんで体を見れば布団にくるまったサンジの体を手と足で抱きこむようにしてゾロが眠っていて、す巻状態になっているせいだと解った。どうりで体全体が重い訳だ。
 それでもゾロに触りたくて、サンジは唯一自由になる頭を伸ばしてゾロににじり寄った。
 肌自体を合わせられるまで届かないので、舌をぐっと伸ばしてゾロの鼻先を舐めた。
 傍から見れば間抜けな構図だが、いい年こいて野郎を抱き枕にしちゃってる剣豪の図自体がアレなので、サンジはそこは考えないことにした。
 頑張って顔を伸ばし、かぷっと顎に噛み付くことに成功する。無精ひげがチクチク痛い。今度はその上の唇だ。
 キッと目標を見据えて気合を込めた所で、急にその目標自体が視界いっぱいにまで近づいてきた。
「……んッ?」
 驚きに目を見開くサンジの唇を、ゾロの唇が塞いだ。熱くて少し乾いた舌がやわやわと潜り込んできて、ゆっくりとサンジの口腔を味わう。
「……朝っぱらから誘ってんじゃねぇ」
 どこか機嫌よさそうな低い声が、合間に滑り込んでくる。
 サンジはようやく圧迫感が消えて自由になった腕をぎこちなく伸ばして、ゾロの頭を抱きこんだ。
「ふ、んぅ、ッ……」
 自分からも舌を絡めて、ゾロの中を探る。ザラザラした熱い舌の表面がじっとりと互いのもので濡れてきて、それを一生懸命舐め取り飲み込んだ。
 そしてひとしきり互いの感触を味わい再びきつく抱きしめあった後、サンジはようやくポツリと聞いた。
 
「……どうして、わかったんだ」
 自分の病気のこと。言外に尋ねたサンジの体をよっこらしょと抱き起こして、ゾロはああ、と静かに口を開いた。
「昨日ここに…俺が来ただろう。19の時の俺が」
 背の傷を庇うように抱きしめてくるゾロの言葉に、サンジは目を見開く。
「あいつは……ホントにテメェの過去、だったのかよ…」
「気づいたのはそん時だ。てめぇ弄りながら、背中の花が見えた」
 それからゾロは死臭が感じられたというその痣について、チョッパーに尋ねたのだという。その時不治の病であるということも聞いたと。
「だからチョッパーに頼んだ。お前がそれにかかるんだってことも話した。まぁそれに関しちゃ信じてなかったみてぇだが……でも何とかして治療薬を作ってくれと、頼んだ」
 突拍子もない依頼にチョッパーはさぞ驚いただろう。でも仲間のいつにない真剣な頼み事に、誠意を持って研究してくれたに違いない。もとより全ての病を治すことを信条にしているのだ。
「知って……たのか」
 あれから数年。ずっとゾロはこうなることを知っていたのか。
 19歳のゾロには具体的な年齢を教えていない。いつ起こるか、本当に起こるかすらわからない未来の為に、ゾロはずっと心構えをしていたというのか。
「なんで……発病してんのが今だって、わかったんだ。1年前に追い出した時はてめぇ、何にも言わなかったじゃねぇか」
 あの時はとにかく夢中で、些細な言い争いを本気の喧嘩にまで発展させた。
 途中から実はサンジ自身も本気でムカついてゾロの信条か野望だかを貶すような、酷い暴言を並べたのを覚えている。
 ゾロはオールブルーに構えたこの店からふらりといなくなる時期がよくあって、確かその時もそうだった。
 だからろくに肌も合わせておらず、肩口に小さく浮かんでいた痣すらゾロは見ていないはずだった。
「あー…実を言うとな、俺もあの時はこの日の事なんざ忘れて本気でキレて、飛び出したんだ。……今となっちゃあんまり理由が思いだせねぇんだが」
 確かにサンジにだって細かい状況は思い出せない。喧嘩の原因なんていつだってそんなものだ。
「とにかく一人になってみるのもいいかと思って、精神を落ち着けて修行がてらに旅して、やがて鷹の目にぶつかって……一人ズタボロになって、生きてるのか死んでるのか体の感覚が無いままただ転がってた時によ」
 ゾロはそこで一息つくと、サンジの目を見つめた。
 
「空っぽになってた瞼の裏に、突然ぱっと広がったんだ」
「……何が?」
「花火だ」
「花…火」
「おう。そんで途端に思い出した。ここで花火に照らされてたてめぇの泣き顔と、いつだったかここに着いた時に、オールブルーの終わる日は一緒に花火見ようぜって笑ってたアホ面、両方いっぺんに」
 
 それから転がってる場合じゃねぇと思って、チョッパーを攫いに行って、道中更に血まみれになったゾロの様子にびっくりしたチョッパーが大騒ぎし、構わず抱えてGLに飛び出そうとした所をナミにどつかれ……。
 ゾロは年齢など感じさせないあどけない顔で笑いながら話を続ける。
 その顔を見つめていた視界が見る見る曇ってきて、サンジは零れるものを隠すために俯いた。
 しかしすぐさまゾロに顎をとられて顔を上げさせられた。
 目の端を伝った雫をゾロの唇が辿る。
「とりあえず動けるようになったら、行くぞ」
「え、どこに」
 ぱちくりと瞬きして見上げサンジに、アホかと言わんばかりにゾロが溜息をついた。
「メリー号に決まってんだろ」
 メリー号はゾロとチョッパーを大急ぎで送り届けて、今もオールブルーに停泊中らしい。
 それでもはっきりと動き出せないサンジに、ゾロは再び明瞭な声で告げた。
 
「夢が一つ叶ったからって旅の終わりにはならねぇだろ」
 
 その言葉に、サンジの目が開かれた。
「だいたい大剣豪になるまではてめぇが定位置にいないと帰れなくなるから陸に住まわせといたが、俺が戻ったら船に戻るつもりだったし、オールブルーだって散々見倒したんだろうが。バラティエのジィさんにだって写真だとか手紙だとか送ってたし、もう充分だろ」
「なッ……」
 なんて言い草だ、とサンジは絶句した。
 しかもゾロに隠れてこっそりと送っていた手紙のことまでバレている。
 顔を赤らめて思わず蹴りを繰り出しそうになったが、その前ににかっと笑ったゾロにちゅっとやられた。
 今更ながらに恥かしさが込み上げてくる。
 いい年こいた男が2人、朝っぱらから何をしているんだと頭を抱えて転げまわりたくなった。
 だから。
 
「次の夢叶えに行くぞ」
 
 ためらい無く差し出されたその手を照れ隠しにぎゅっと握って、サンジも大剣豪の頬に顔を寄せた。
 
 
 
 そして新しい冒険が始まる。

 
 
 
 
 




*END*


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 未来の2人のはずなのに、表現力が足りなくてさっぱりそう見えない…。ををを。
 オールブルーの形は、なんだか書いてるうちにすらすら設定が出来上がってました。
 これについてはサイトによって想像の形が色々で面白いですよね。私の場合、今のところこんな感じです。

 ここまで読んでいただきありがとうございました!