相場不明の。
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 業務を終えた23時。明日は久しぶりの休みだ。
 レストランの裏口を出て駅までの近道に、サンジはいつもそういう店が建ち並ぶので有名な界隈を通る。
 すると自分の容姿が何をどう趣向に引っかかるのか、月に数回はそういう手合いと間違われて声を掛けられる。
 今も煙草を自販機で買い足そうとして、あーそういや何とかカードっていつからだっけ。つかどうやって作ればいいんだ?面倒だからカートンで買い溜めしときゃいいのか?でも自販機1個新しいのに替えるのにどんだけ金かかるんだろう、あれは国の補償がでるのか?店主の意志だけならしばらく変わらねーだろうしなあ…
 …なんてことを突っ立ったままぼんやり考えていた時だった。
 自分の脇にそっと立った男が、サンジの脇から自販機のコイン投入口に手を伸ばす…と見せかけて、自分にそっと手で数を示してきた。
 
 サンジはにこっと笑った。店で散々仕込まれた営業スマイルだ。
 これを見たのがパティあたりなら、すぐに飛んで来られて羽交い絞めにされただろう。客の為ではなく、店の損失を抑えるために。
 しかしここは店の外。それにサンジの導火線は、昔からとっても短い。
 
 
「俺はそんな安い男じゃねぇんだよ!!」
 死んで出直せXXXが。
 男を容赦なく蹴りで沈め、酔っ払い同士の喧嘩かと遠巻きに通過する一般人とあーまたやっちまったかとニヤニヤ笑いながら見守る界隈の連中と。
 その中でフン、と決め台詞を放ったサンジの肩を、ぐいっと誰かが掴んだ。
「じゃあいくらだ」
「あ?」
 見れば見知った緑頭。高校からの馴染みの喧嘩相手で、サンジの働く店にもちょくちょく食べに来てくれていた男。そういえば最近パタリと姿を見なかった。
「んだテメ、最近見ねぇと思ったらこんなとこで何してやがる」
 伸びた男から足をどければ、ゾロはサンジの腕を取った。
「いやちょっとゴタゴタしてて。店行ったらもうお前は帰ったっていうから」
 後追っかけてきた、そういうゾロの顔がなんだか近い。
 走って来たのか熱い息が頬にかかる。
「で、いくらだ」
「ア?何が」
「てめぇ安くはねぇんだろう?今言ってたじゃねぇか。だから幾らだ、具体的に、1分いくらか教えろ」
「へ、は…?」
 普段口数の少ない男が、妙に真剣な顔で迫ってくる。内容はよくわからないが、追い立てられるような勢いにサンジも思わず考えてしまった。
「え…?」
 いくら?1分?いくら…あー久々に海鮮丼とかも美味そうだな。コイツ刺身とか好きだけどいくらって好きだっけ?あーでも作ってやるにしても今晩は材料がねぇもんな。
 えーいくらって違うそっちじゃねぇな、あー1分?電話は1分今いくらだっけ。昔は公衆電話とか1分10円だっけ?わかんね。
 普段肉団子とかに使うあの肉が仕入れで100gでえーと…いやもうちょい高いメインに使う肉にしとこう。てかあれ、いくらって何の値段?
 
「な、700円…?」
 ぱぱーっと脳内に巡ったかなり的外れな計算式に、思わず口走った答え。
 動転していたのだ。サンジも。
 だってゾロの顔が、真剣な目が真っ直ぐにサンジを捉えて、もうあとわずかという位置にまで、その口が。
 
「よし」
 不意にゾロはコートの内側の懐から紙束を掴み出すと、それをポンとサンジの手に握らせた。
「あ?」
 見れば真新しい長方形の、綺麗に帯封までしてあるこれは…あー諭吉さん。え、なにこれ。お前ついに銀行強盗でもしちゃったの。ただでさえ犯罪者もビビる面してんのに。え。
 
「とりあえずそれで1分700円、大体まぁ1日弱はあるな。うし」
 何がうし、なんだかよくわからないがゾロはそのままサンジの腕を掴んだまま駅とは逆方向に歩き始めた。
「1日ありゃなんとかなるだろ」
「なんとかって何が、オイてめぇもっときちんとした言葉を話せ!」
「うるせぇ!俺は急いでる!なんとしてでもその時間内でテメェを落とす!」
「ハァ!?」
 
 サンジが引きずられてそのままダイブさせられたのは、全国チェーンのビジネスホテルのベッド。
 それっぽい宿だったら入り口で速攻で蹴り倒していたのに、それを見越してか普通の宿にしたのがゾロのくせに狡い。
 しかしそんな文句は、すぐに覆い被さってきた分厚い筋肉に霧散した。
 
 それから23時間と40数分。
 文句も思考もやがては理性も何もかも吸い取られ、
 ほぼホテルのベッドの上だけで過ごした、人生の中で一番濃ゆい一日未満の日。
 
 その手のおねえさんも真っ青になるくらい色んなことをされて、ついでにサンジからもしちゃって
 なんかもうろくに覚えてないしその辺りは特に思い出したくもないけれど。
 ぐちゃぐちゃのねとねとになった体をシーツに巻きつけてサンジが思ったことは。
 
 
「い、1分700円は安…すぎる…」
 
 
 さめざめと泣くサンジの後ろ頭を、幸せそうにいびきをかいたゾロが無意識に抱き込んで撫でた。
 
 
 




*END*





 後日談的お話へはこちら→


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08.03.10
いつかSSに書き起こそうと思ったけど軽いネタでしかないので日記に書いたら
文字数オーバーで収まらなくて結局こっちに。本末転倒。
微妙にサン誕話にできそうで、できませんでした。あ゛ー!(某芸人風叫び)