It’s show time! 3 |
夕方、時間が空いたので買出しに行ったサンジが両手に荷物を抱えて戻ってくれば、ゾロもどこかから帰ってきたばかりだったらしい。 キッチンに荷物を置くサンジの後ろで、ガラガラと窓のブラインドを引く音が聞こえる。 「お前が進んで手伝いするなんて珍しいじゃねぇか」 振り向いてからかえば、ゾロが難しい顔で眉間に皺を寄せた。 天井にいたカタツムリが音を合図に起き上がると、自分の四方に丸められていた布を突付いて屋根に幕を張る。パタパタ…と傾斜を滑って広がる布を見ながら、虫の癖によく躾けられていると感心していると、不意にゾロがキッチンに入って来てサンジの腕を掴んだ。 「うぉッ、なんだよテメ」 暴れるサンジを素早い動作で捕まえると、軽々といった感じでゾロはシンクの上に座らせた。まるでゾロとの腕力の違いを見せ付けられたようで癪に障る。 「なんだよ、何がしたいんだ。こんなとこ座らせやがってケツが冷てぇだろうがよ!」 「足を出せ」 その台詞に、ゾロの言わんとすることがわかって、むっと押し黙る。 ゾロもムスッとした表情のまま、腹巻から包帯を取り出した。そして迷い無く掴まれた右足首。 「ふざけんな!自分でやるから寄越せッ!」 慌ててその手を振り払って、サンジはゾロの手から包帯をひったくった。 いつも船で喧嘩して怪我したってこんなに構うやつじゃなかったのに、一体どうしたってんだ。 弱い所を見咎められたようで悔しい半分、慣れない空気に変にドギマギしつつ手早く靴と靴下を脱いで右足の裏を上げようとしたら、狭いキッチンだ、ガチンと側頭部が作りつけの棚に当たった。 「ッてぇ」 「……貸せ」 もう一度ゾロが包帯を取り返し、素足になったサンジの右足を掴んだ。裂傷と、焼け爛れたように膿みかけている足の裏。何でもないふりをしてあの後もう一戦ゾロと交えたせいで、そこは更に酷い事になっている。 「……アホか」 呆れたように呟くゾロに、サンジはぐっと唇を噛んだ。 「両足切れかけても戦ってたテメェにだきゃ言われたくねぇ」 ゾロは傷薬を塗ったガーゼをあてがい、慣れない手つきで包帯を巻いて行く。オイそこ曲がってる、とか突っ込みを入れたかったのに、触れた部分だけが異様に熱く感じて、サンジは押し黙った。 ゾロが真剣な顔で、サンジの足を見ている。意外に通った鼻筋を上から眺めながら、サンジは息が上がってくるのを感じた。 尻の辺りが、冷たいだけじゃなくてなんだかもぞもぞする不思議な気分だ。 「……一体、どういう風の吹き回しだよ」 沈黙に耐えきれずに、サンジがそう切り出す。少し声が上ずってしまったが、ゾロは気にせず巻き終わって余った包帯を再び腹巻の中に仕舞った。 「…ナミに泣きつかれた」 「何!ナミすわんが俺を心配してお泣きに!?」 がばっと身を起こしたサンジに、足元に落ちていた靴が手渡される。ニヤリとゾロが笑った。 「ああ。『明日から賭の対象が居なくなったらどうしてくれんの!』だとよ」 「ナ、ナミさん…」 他のメンバーにもやっぱり動きがおかしいのはバレていたらしい。でもどうりで。不可解なゾロの行動の理由がわかってほっとする。 ゾロはこういう男だ。ぶっきらぼうな癖に、案外そういう面では事細かに仲間を気遣う優しさを見せる。 恐らく渡されたであろう包帯も傷薬も、自分でやれとサンジに放り投げてしまえばいいだけの話だ。でも普段いがみ合っているのとは別の感情で、ゾロはそういう面では義理堅い。自分の不手際でつけた傷、という自覚をしているのだろう。 ふっといつもとは違う温度差で入り込んでこられると、流石のサンジも牙を剥くタイミングを見失ってそれを受け入れてしまうのだ。 例えそれが自分の為だけではなくても、たまに触れるゾロそういう一面が、やっぱり――。 唐突に行き着いた感情に、じわっとサンジの頬が染まる。 照れくささをかき消すように慌ててサンジは靴を履くと、わざと明るい声を出した。 「なぁ、いっそ路線変えてみっか」 「あ?」 「こういうのはどうだ、ホイ、これ持て。これも刃物だから扱えるだろ」 壁に掛けてあった自分の包丁をゾロに手渡して握らせる。 そして買出しをしてきた袋を漁ると、手の平に収まるくらいの芋を取り出した。 「ウサギの形に彫ってみろよ」 言って、ゾロの目の前で宙に放り投げた。 目でそれを追ったゾロの腕が、条件反射のように素早く空中で動く。 「……」 ポタ、とゾロの手の平に落とされた芋。それを見てサンジはぶはっと噴出した。 「これがウサギかよ!?」 ウサギというか、狸というか、土偶というか、なんだかよく分からない人形が出来上がっている。 「う、うるせぇ、包丁でそんな芸当できっか!」 「出来ないならそう言えよ、食い物で遊ぶんじゃねぇ」 「そっちが投げたんだろうが!」 笑いを堪えながら、サンジはゾロの肩をポンポンと叩いた。 「オーケーわかった剣豪、これは流石に俺が悪かった。この可愛いウサギちゃんは責任持ってお前の夕食に出してやるからな」 「……勝手にしろ」 少し赤い顔をしたゾロが、キッチンを出て行く。拗ねたようにベッドに転がるその姿にもっと笑いそうになるのを我慢して、サンジはシンクから降りると床に散らばった芋の切り屑を丁寧に拾い集めた。 右足が熱い。 ふわふわとその熱に浮かされたまま、鼻歌でも歌いそうな気分でサンジはそうだ、と唐突に思いついてシンク下の収納扉を開けた。 芋は一旦シンクに置き、味噌の眠るボウルを引っ張り出してその重石に手をかける。 (手当てのお礼ってわけじゃねぇが…今日これを出してやろう) 誕生日は明日、予定よりも一日早くなってしまうが大差ない。焦る気持ちを抑えながら、サンジは重石をどけた。敷いてあった板と口を結んでいた紐を取り、幾重にも巻かれたビニールをそっと剥がしていく。ふわっと広がる、発酵物独特の香り。 (俺の可愛こちゃん、出来栄えは………) 「………」 キスでもしそうな勢いで覗き込んだサンジの手から、ほろ、と持っていた板が零れた。 ガタン、と思ったより大きな音を立ててそれが転がる。 「………」 呆然と、ビニールを前にへたりこんだ。 ビニールの中の黒い塊。半年寝かせたsweet baby。 だけどその表面にはぎっしりと白く――カビが生えていたのだ。 きっと成功するだろう、なんて、自分の腕を信じて疑わない部分の方が強かったのだ。 スープでも何でも、一瞬目を離しただけで料理はその姿と味を変える、その厳しさは知っていたはずなのに。 「……オイ、どうした」 物音がしたのにキッチンに立つ姿がないので不審に思ったのだろう、ゾロが対面式のテーブルを回り込んでキッチンの入り口に来て覗き込んだ。そしてサンジの前に広げられた包みに目を留める。 「それ…」 「あーなんでもねぇ、気にすんな、ちょっとした失敗作だ」 情けなさに顔を伏せて慌てて包みをかき集めるサンジの前で、ゾロはくん、と獣のように鼻を鳴らした。 「なんか醤油ってぇか…味噌みてぇな匂いがすんな」 「え」 思わず顔をあげたサンジの前にしゃがみ込んで、ゾロがビニールの中身を覗く。 「よ…く、わかるな。確かにこれ味噌…なんだけど」 「へぇ、美味そうだな。これもう食えんのか」 胡瓜ねぇかな、なんて呟くゾロに益々食べさせてやりたかったという後悔の念が押し寄せて、サンジは力なく俯いた。 「いや、こんなにカビちまって…無理だろ。また今度食わせてやるから……な」 「別に大丈夫だろ?大体味噌ってなぁその物自体が発酵してんだ。昔師匠んとこで作ってた味噌もこんくらいはカビ生えてたぜ」 「……え」 ぱかっと口を開けた間抜けな表情のままでサンジはもう一度ゾロを見上げた。 「ほ、ほんとか」 「ああ。表面のカビを削ぎ落とせば、中身はちゃんと使える」 「そう、なのか…!じゃ、じゃぁ今晩はこれで料理作ってやるよ。で、えーとミソってのはペーストのまま食うんだっけ?パンに塗るか、それとも魚のソースにしようか」 「いやお前、味噌って言や味噌汁だろ」 水を得たようにあたふたと動き出すサンジに、腕組みしたゾロが笑った。 「ああ、あと野菜の煮込みとか、魚もソースで掛けるんじゃなく、一緒に煮込んじまう方が美味い」 「……な、なるほど」 普段会話が喧嘩腰になる二人だが、料理の話ともなるとサンジはゾロの言葉に素直に耳を傾ける。ゾロもそれをわかっているのか、故郷の味噌料理についてサンジが尋ねるまま答えてくれた。 どうしたって込み上げてくる嬉しさに、緩みそうになる顔を引き締めてサンジは包丁を振るった。 * * * 暖かな家の中、ほんわり漂う味噌の香り。 残念ながら今回はライスを用意できなかったのだが、小麦で練った麺があったので夕食はゾロのリクエストで味噌煮込み麺なるものを作ってみた。 汁物が続いてしまったが味噌汁も添え、ついでにゾロ作の『ウサギちゃん』もたっぷり野菜の煮込み(勿論ゾロの方のお椀だ)の中に泳がせてみる。 魚は少し辛めのソースと混ぜて、生姜をまぶしておつまみに。和え物を突付きながら燗した酒を差し向かってちびちびやれば、気分はもう最高だった。 ゾロが喜んでサンジの作った味噌料理を食べている。 いつになくお互い饒舌でくだらい事で笑い会ったりして、酒のせいだけじゃなく心がホカホカと満ちていた。 一日早い誕生日プレゼントを貰った気分だ。 「本当は明日出そうと思ってたんだけどなぁ、でも今日で、よかった」 ふへ、と赤い顔で笑いながらサンジが言えば、ゾロがひょいと眉を上げた。 「明日か……お前の誕生日だったな」 「ん、あ…ああ」 正直ゾロが覚えていたことに驚いた。数日前に話題が出たものの、仲間の誕生日なんてサッパリ興味ないと思っていたのだ。 「なぁ」 ぺろ、と酒で濡れた唇を舐めてゾロがサンジをしげしげと見る。 「何でお前、そんなに嬉しそうなんだ」 「……は?」 思いも掛けない質問に青い目を見開けば、ゾロがいつになく深い眼差しでサンジを見据えていた。 「言い方を変えるか。明日はお前の誕生日なんだろ?なのに、なんで、こんなに俺の好物ばっか作ろうと思ってたんだ」 「え、な、そ……」 そんな馬鹿な事あるか、自惚れんじゃねえ、偶々材料が…! そう言いたかったのに、言葉が詰まってうまく出てこないサンジにゾロが畳み掛ける。 「そんで俺が食うの見て、なんでそんなに嬉しそうな顔してやがる」 さっきからずっと俺の顔ばっか見てるの、お前気づいてるか? そう言われて思わず口を押さえれば、自分の頬が既に隠し切れない程熱くなっているのがわかって、サンジはガタンと席を立った。 「…ふざけんな!酔ってるだけだ、テメェも変な絡み方すんじゃねぇ」 「…言わねぇなら、勝手に推測するぞ」 「な」 言うが早いか同じく席を立ったゾロに素早く左足が捕まれた。咄嗟に力を込めた支えの右足に痛みが走る。小さく隙が出来た所を、あっという間に体勢を攫われて、サンジはゾロに押し倒されるように床に転がった。 「ふ…ふざけんな!どけッ」 片手でサンジの上体を縫いとめながら、馬乗りになったゾロが掴んだままのサンジの片足をぐっと胸の方に引き寄せ、靴と靴下をするりと剥いた。 オレンジ色のほの暗い灯りの下、ゾロの目が濡れたように光る。 あ、と思った時には。 サンジの片足に、ゾロの舌が這っていた。 「な、な……ッ?」 ぬるい温度が、サンジの白い足首をゆっくりと辿る感触にぞわっと首筋の毛が逆立つ。 「何すッ…!?」 「言わねぇなら推測するって言った」 目を白黒させるサンジの前で、ゾロは低く笑いながら骨ばった筋に歯を立てる。ピクリと震えたサンジの足の腱をからかうように、ゆっくりと暖かな舌先がそれをなぞって下に落ちていく。 「ぅ……ッ」 ぬるっと柔らかな土踏まずの辺りを探られれば、ぶるりと全身に鳥肌が立った。 「…なぁ、なんで味噌なんて手に入れてくれたんだ?しかもあれは多分…テメェが作ったんだろ?」 指先に息が掛かる位置から、サンジに目線だけを投げてゾロが問う。 「こうやってお礼でもして貰いたかったか」 サンジは必死でかぶりを振った。 「ち、違う、こんなのは違う!お、俺はただお前の…ッ」 「……俺の?」 「っ……」 「………」 唇を噛んで睨みあげたサンジに、ゾロは徐に唇を開くとぱくりと足の親指を口に含んだ。 「ぎゃっ!?」 暖かな口腔に包まれた指先から、ゾゾッと腰骨をむず痒さが走り抜けてサンジは慌ててその芝生頭を掴んだ。 「わ…わかったッ!よ、喜ぶ顔が見たかったんだ!てめぇの!!チキショウ悪いかよッ!?」 半泣きになりながら叫べば、ゾロはちゅる、と親指から口を離してニヤリと笑った。 「いや――悪くねぇ」 深い色をしたゾロの目が、サンジに近づいてくる。まるで絡め取られたように視線を逸らせない。 「なんだよ…テメ、だって、そんな素振り今まで一度だって…」 弱々しく呟いたサンジを鼻で笑って、ゾロがさらりと髪を撫でた。 「勝手に片思い気取ってた方が悪ィ」 「なんだそれ―――ん」 最後の言葉はゾロに飲み込まれた。重なる互いの吐息。 初めてのキスは、サンジの作った味噌の味がほんのりとした。 きゃぁっと、どこか遠くで黄色い歓声が上がった。 「数日前からずっと気にしてたのは彼の為だけの料理だったのねッ」 「いやん、癒されるぅ〜」 「結局お互い言い出せなかったって事でショ?」 「癒されるわこの関係」 「両思いおめでとう」 「おめでとう〜!」 ポポポポン!と音がする。この島に来て聞きなれたあれは…ポイント計算機の虫のメーター音? 「ん…ぅ、……あ…?」 深くまで舌を探られ、酸欠と快感でくらくらする目を薄っすらと開けた。 今の声や音は…幻聴にしてはあまりにはっきり聞こえやしなかったか。視線をさ迷わせたサンジの目が、ふと天井の一所に留まって見開かれた。 「ちょ……なっ、あ、あの虫夜も起きて…ッ!?」 ゾロの頭越しに見上げた天井、その中央に開いた穴からは、目をパッチリどころがギンギンに開いてこちらを見下ろしているカタツムリが。 サンジは慌てて着々と首筋に唇を落とし始めていたゾロの背中をバンバンと叩いた。 「まさか、ここ数日も全部ッ……」 見られていたのだと気づくも既に遅し。 巨人族の血を引くレディたちは自宅でのナイショ話も大きかった。 「ちょっとちょっと、彼ビックリしちゃってるじゃない」 「あらんバレちゃったぁ?」 「え、了解済みじゃなかったの今回って」 「違うわよ、初めてだから照れてるんでショ」 「恥かしいの?大丈夫よ、私たちの島では同性同士の睦み合いも認められているわ」 「愛の行為は尊く美しいものよ」 「私たちの体だと、誰がどこで行っててもバレちゃうんだけど」 「振動で大地が割れたりするものね」 「それは貴方達が激しすぎるからでショっ」 「…だとよ」 冷静にけろっとした顔で、ゾロが再び行為を続行させる。 「あ、アホッ何しれっと続けてやがんだ!やめ…っ」 ゾロの太い手が、サンジの股間をぎゅうっと握った。息子をやわやわと握りこまれれば、びくりと体が反応してしまう。 「ば、何考え…ッ」 わめくサンジをものともせずに、ゾロの指がズボンの前を割って侵入してくる。 押さえ込まれた体の下、好き勝手に手が動き回めてサンジは悲鳴を殺した。 見守る観衆、止まらないゾロの手。 恥かしい。なのに無理やり引きずり出されるような快感が、自分の意思を裏切って暴走し始める。 大体どうしてこんな事になったんだ。確かにゾロは自分の中で特別だった。 わからなかった好みの味付けも知った、自分の知らない料理法も教えてくれた。 いつも喧嘩ばかりの相手が、あんなに喜んで自分の料理を食べてくれた。それだけでひどく嬉しくて、幸せだった――のに。 「あ……れ」 ポロ、と目尻から零れたものに、サンジは慌てて下を向いた。 真っ赤になった顔を隠すように、ゾロの胸の下に入り込むようにしてしがみ付く。 「もう、やめてくれ、ゾロ……っ」 ゾロの指先が、サンジの先端をぬるりと扱いた。 既にそんな状態になっている自分が、酷く情けない。 情けなくて、益々涙が出てくる。 「チクショウっ…は、はじめてがこんな…ぁッん…例えレディ…でも、やだ……やだって、ちくしょうッ…」 ひっ、うっ、と突然本気でしゃくりあげて泣き出したサンジを前に、ゾロが驚いたように手を止めた。 サンジは堪えるように拳を口に当て、もう片方の手でゾロの胸を押しのけようと足掻く。 「お、お願いだからレディ…み、見な……アッ…!」 動きを止めたゾロの指先が、するりと滑って後ろの硬い蕾に触れた。 「きゃぁ〜ん、可愛いッ」 「恥かしいのね、普段あんなに強い子なのに、なんて可愛いの」 「た、堪らないわっ…」 恥かしさと混乱と刺激とで息も絶え絶えなサンジの耳に、観衆の視線が容赦なく降り注ぐ。 「……」 普段なら絶対に泣くなどありえないサンジの壊れっぷりに、ゾロは手を止めてふむ、と考えこんでいた。 なんせ、いつも小生意気なこのツラをぐちゃぐちゃに泣かせてやりてぇ、なんて実は密かに考えていたゾロである。 絶対に自分には弱みなど見せないあのサンジが、自分にしがみ付いてぼろぼろ泣いているのだ。 これはこれで凄くたまらない……のだが。 「……確かに、俺だって初めて見るこんな姿、他のヤツにもほいほい見せてやるのは癪だな」 ゾロは床に転げていたサンジの靴を拾うと、それを入り口付近の壁に向かって投げた。 バチン、と壁にあったスイッチが下り、ふっと家の明かりが消える。 「折衷案だ。今更あの虫取っ払う訳にもいかねぇ、でももう引っ込みもつかねぇ。俺だけ感じてろ」 「や、ゾ……っ」 突然の暗闇に戸惑うサンジの口を、もう一度ゾロが塞いだ。 「その声も、俺だけに寄越せ」 * * * きらきらと朝日が眩しい。締め切った家の中にも、ブラインドの隙間からその光は差し込んでいる。 きっと外はさわやかなに晴れ渡っている事だろう。しかし家の中には鬱々とした気配で包まれている。 ぐちゃぐちゃに乱れた床、ベッド。そしてその隅に蹲った毛布の塊。 「も、も゛う船戻れない…ッ、し、知られだッ、なびさんに、う゛あ〜〜」 毛布に包まったサンジが、昨晩とは全然違う泣き方で崩れ落ちている。 「ていうか動けねぇし、痛いし、あ、あんな状態でも全く動じねぇ恥知らずマリモは勝手に身支度済ませてのうのうとしてやがるしッ」 「……テメェだって最後はもう関係なくなってたじゃねぇか」 「うるせぇ死ねクソハゲッ」 「……」 サンジの目が覚めてから続く同じような口論に、ゾロは大人しく口を引き結んだ。 毛布に包まったまま真っ赤な目で睨んだサンジの上、まだまだしっかり部屋の様子をモニターしているカタツムリの殻の目盛りが、未だぐんぐん色づいている事は絶対に教えない方がいいだろう。 しかも明け方ナミに連れて来られた新しい虫が屋根をよじ登っていって、既に満タンになってた前の虫と交代してるなんて事実は。 そして更にほくほく顔のナミが、綺麗に色づいたカタツムリを両手で抱えてどこかに消えてったなんて事実は。 メーターを叫びすぎて声が枯れたのか、はたまた黙秘を言い渡されたのか、カタツムリが昨晩の途中から音を立てなくなったのだけが幸いだ。 包まったまま動かないサンジに、ゾロは小さくため息をついて近づいた。 そろそろ出航の時間だと、先ほどから背中に生えたロビンの口が囁いている。 でっかい虫状態になったサンジをひょいと持ち上げ、最早威力はなくても暴れるのを止めない足には甘んじて蹴られてやりながら、よいしょとゾロは毛布を抱え直した。 ちょっとよれっとしてしまった金髪を掻き分け、赤く染まった目元を晒す。 「あー昨日言いそびれちまったんだが」 「んだよ、ムサイ顔近づけんなクソッ」 「……味噌汁美味かった」 途端、サンジの抵抗がぴたりと止んだ。 じわじわと赤くなる顔面の様子を間近で見ながら、ゾロが思わずちゅう、とそれに吸い付くのと、ガン!と鳩尾にサンジのつま先がヒットするのと、屋根の上でまた一つポン!とメーターが跳ね上がるのが同時だった。 「チキショウ、ばーか、死ね!」 真っ赤になった顔をごしごし擦りながら、サンジが風呂場に駆けていく。片膝をついて腹を押さえながら、ゾロはくっくと笑った。 * * * 「ごめんねサンジくん、ハッピーバースディ」 「ハッピーバースディ、コックさん」 「大丈夫、ゾロと何があろうと私達サンジくんの事、好きだからね?」 身支度を整え船に戻ったサンジを、むにゅ、むにゅ、と両脇から女性人の白いふくらみが挟んだ。 「な、ナミひゃんロビンしゃん!?」 顔の両脇を柔らかなメロンに挟まれたサンジは、みるみる顔を真っ赤にさせてあっという間に天国へ行ってしまった。 渋るサンジを宥めすかして船まで抱えてきたゾロは、面白くなさそうな顔を最早隠しもせずにその様子を睨んでいる。 「…すげぇな」 「ああ、すげぇな…」 その様子を見ていた男性陣といえば、ただ呆然と見守るしかない。 今日は朝から、どうも女性陣が胸の谷間を強調する服を着てるなぁ、と思っていたのだ。 あんな方法でポイントを稼がせられたサンジに同情こそすれ、ゾロとの事をあれこれ言うつもりはない仲間達だが。 「女ってこええ…」 「あれで全部チャラにさせる気かなぁ…」 「まぁでも当人がすんげぇ癒されてるようだから、いいんじゃねぇの」 生暖かい目で見守るウソップ、チョッパー、フランキー。 「今日はサンジの為の肉パーティだー!」 青空の下のん気に船長が叫ぶ。空気を読まないブルックだけが、女性陣に挟まれ鼻血を吹いているサンジをしきりに羨ましがっていた。 * END! * -------------------------------------------------------------------------- サン誕企画「千腐連」様に投稿したお話でした。企画のテーマは「癒し」。 疲れた時、小さい箱に入ったゾロサンとかが家にあればいいなぁ…って常々思っていたので書いてみました! ↓そして以下は恒例の楽しみでもある、企画管理人のお三方によるコメントです。 (玉→玉撫子様@発情ア・ラ・モード きぬ→きぬこ様@GOLD FISH フカ→フカヒロ様@coral prince) 今回も楽しい企画をありがとうございましたっ! |
※注釈※ |