落 日




 真っ赤に染まった夕日が、海の果てへと落ちていく。
 あまりにもそれが赤いと、海は波も何もかも一つの陰影となり、まるで黒い大地のようにも見える。
 
 ザクリザクリとブーツの底が砂を軋ませる感触を懐かしく感じながら、ゾロは浜辺を歩いていた。
 辺境の海辺、小さな村だ。
 目的などない。
 辺りには人の気配もなく、ゾロはただゆっくりと夕日を眺めていた。
 
 と、海岸に座る人影があった。
 少し興味が触れたせいか、無意識に足はそちらへ向かっていた。
 男だった。
 白い半袖シャツに機動性重視のボトムに厚底ブーツのゾロとは違い、その男は詰襟の白い長袖シャツにタイを絞め、幾分小奇麗な格好をしている。
 落ちる夕日の血の色に染まる髪は、恐らく金色だろう。
 
 気配と足音もそのままに近づいたゾロに、とうに気づいているのだろうが、男は真っ直ぐに海を見たまま視線すら動かさなかった。
 ゾロはそのまま、男が腰掛けている防波堤の隣に、自分も腰をかけた。


 ザン

 ザザン……


 ゆっくりと眩しく世界が閉じていく。

 お互い何も話さぬまま、それは数秒とも数分ともわからない、止まったような時だった。

「……綺麗だな」

 ぽつり、何とはなしに呟いたゾロの言葉に、ふっと隣の男が振り向いた。

 ああ、この男は。
 
 遥か昔、会った事があるかもしれない。
 燃える赤色に染まってその瞳の色は褪せてしまっているが、輝く髪と左半分が隠された前髪に、僅かに記憶が甦った。
 恐らくは幼少時代、ゾロと同郷だった、誰かだ。
 確かにそうでなければ、今日という日に、こんな場所で会ったりはしないだろうと納得がいく。
 
「綺麗だな」

 再び呟き、ゾロは男の顔を片手で支え。

 ゆっくりと、キスをした。


 男は拒まなかった。
 ほぼ初めて会ったに等しい、それも男などにする行動ではないと、ゾロ自身もわかっている。
 勿論男色の気などありはしない。

 ただ、綺麗だと思ったのだ。
 それだけだった。




 穏やかな、最後の日だった。
 
 明日から戦争が始まる。
 二つの国の民が入り混じって暮らしていたこの境界の小さな村は、真っ二つに領土が分かれて二度と行き来ができなくなる。
 ゾロとてここで過ごしたほんの僅かな幼少時代など、ほぼ記憶に残っていない。
 それでも今日、ここに足が向いたのは何故だろうか。

 ぼんやりと不思議そうにゾロを見上げていた男が、ふっと海の方に視線をめぐらせた。
 ゾロもそれを追う。

 燃え尽きた陽が、その身を海に投じていく。


 見届けた、とでもいうように、男が立ち上がった。
 ゾロに声を掛けるでもない、特に表情すらないまま、男は背を翻して歩き出す。

 ゾロも立ち上がった。
 そして男とは反対の、今来た道を引き返し始める。



 一度だけ、振り返った。
 男の背を見送るつもりだったのだが、まるで通じあったように、男もゾロを振り返っていた。


 互いの肌の色も瞳の色も、真っ赤な夕日に染まって見分けがつかなかった。
 けれど、先ほど触れ合ったのは只の、人間と、人間だった。







 * * *


「お早いお戻りで」
「……」
 金網の張られたゲートをくぐった所で、暗闇から声を掛けられた。
 元から気配に気づいていたゾロは、鷹揚に手を振った。この副官の嫌味は半ば口癖のようなものだ。
「こちらを」
 差し出されていたのは、一振りの刀。
 ずしりと重いそれを手に取り腰に付けると、ゾロは一つ息を吐いて、真っ直ぐに前を見据えた。

「第二門、閉ざせ!」
 副官の号令と共に、冷たい防壁がゾロの通った背後に下りていく。
 それを振り返る事なく、ゾロはただ前を向いて歩みを進めた。











 * * *




「隊長、探しましたよ!」
「ああ」
 自国のベースに戻ってくるなり駆け寄ってきた部下に差し出されたコートを、バサリとサンジは羽織った。
 軍服の上、真新しい階級章が酷く重い。
 それを振り払うように見上げた空に、星が瞬きはじめていた。














END





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敵同士な2人って、やっぱり萌えますよね。
そして夕日のシーンはモチーフとして大好きで、気づけば毎回書いてしまいます。

落ちる日、そして落とされた日。

12.05.18