恋は金なり
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 小高い山の頂を目指し、ゆるやかなカーブを描いて上る道路の脇、切り替えし用のスペースに銀色の乗用車が一台、停まっている。
 深い夜空に星がまたたく時間。もう厚手のコートを着ないと風が肌に冷たいこの季節は、空気も澄んでいて星座も良く見える。
 ガードレール越しに町の夜景が一望できるこの場所は、せいぜい地元のカップルの隠れたデート場所になっているくらいなのだろう、さして観光スポットでも需要のある通りでもないこの道路を好んで走る車の影は、他に全く見あたらない。
 停まっている車体は、よく見るとぎしぎしと小刻みにバウンドしている。そして中には折り重なるようにうごめく、2つの人影。
 
「あッ……あ、ぅ」
 とろりと開きっぱなしになった口から漏れる声が、車内の空気をねっとりと甘いものに替えて行く。
 倒された助手席の背もたれに押し付けられた体は熱く、相手の首に回した指の先までじっとりと汗ばんでいる。
 フロントガラスから夜空の星が覗いていて、視界に捉えたそれが時折ブレる。自分の体が突き上げとともに揺れているからだ。
 ぎりぎりと開かれた脚が狭い車内、ドアやギアボックスにぶつかって痛い。サンジは押し上げられる体を必死に目の前の男に巻きつけた。
 
 縋っているわけではない。
 かといって、この行為は狭い車内に限ったことでもない。
 汗に濡れ放り出された両脚が時折ひやりと冷たく、心元なく揺れる。それが無償に寂しくて、熱い男の体に摺り寄せるのだ。
 けれどそれが何故なのかは解らない。だから男が獣のような目をニヤリ眇めて淫らだと指摘するなら、そうなのかと唇を噛み締めるしかないのだ。
 
「どこみてやがる」
 不機嫌そうな男の顔が、星空を隠して視界を塞いだ。
「あ……ぁ、ヤだ、そこッ!」
 腹に埋まった男のモノが狙った一点を突き上げて、サンジは涙声になって叫んだ。
 慣れない行為も何度目だろうか。しかし未だ無理やりもたらされる快感は底知れぬ甘さと恐怖を伴っていて、サンジは震える指先を目の前の緑色の髪に潜らせて強く掻き抱いた。
 
 
 どうしてこうなってしまったのだろう。
 その言葉はここ数ヶ月、悔やむように繰り返してきた。
 驚愕、恐怖、暴力、そして屈辱。怒涛のような感情に飲み込まれた日々。
 しかし今日は。
 さっきまでは確かに、ゾロに夜の町並が見渡せるこの隠れたスポットに案内されて、誰にも教えた事がないというその言葉に、柄にもなく穏やかな気持ちにもなった。
 まるで愛しい人の隣にいるような、ささやかな幸福に満ち足りた時間。
 そんな空気にサンジの心の奥で、小さく何かが揺らいだというのに。
 
「あ……ぁッ」
 飲みこんだ息が揺さぶられた体とともに跳ねる。
 甘くて静かな空気を壊すように、ゾロに荒々しく口付けられ、押し倒されて。
 それからはいつもの通り。
 こんな場所に連れてこられたのも、ただ行為の一環でしかなかったのだと思い知らされた。
 
 金で買われるこの体。
 自分達の関係に、それ以上のものが存在するはずもないのに。
 
 わかっていたはずなのに、一瞬思い違えてしまった自分の浅はかな感情。
 それが打ち壊されると同時にどこか胸の奥の方がせつなく痛んで、サンジは黙って指先に力を込めた。
 
 
 
「おいおいイイコトしてんじゃねぇか、にいちゃん」
 突然、がんっと蹴られたような衝撃に車体が揺れた。
「……ッ!?」
 唐突に四方からカッとヘッドライトが照らされ、サンジは眩しさに一瞬目を閉じた。
 サンジの両脇に手を付いて覆い被さっていたゾロの、体躯が影になってライトを遮る。その中から目を瞬かせて肩越しに表を覗けば、数人の人影が車を取り囲んでいるのがわかった。この辺りを走っているグループか何かだろうか。
「ッ……」
 衝撃に息を飲み込んだサンジの耳元で、低い舌打ちが聞こえた。
「……殺されてぇらしいな」
 唸るような呟きに口端を凶悪に歪めて、サンジに覆い被さっていた体が起き上がった。
「ふァッ…や」
 ずるりと抜き出ていくゾロの感触を、思わず体が引き止めた。
 それに小さく苦笑したゾロの唇が、やわらかく前髪付近に落とされる。
「すぐ片付けてくる。…待ってろ」
 低い、これはサンジにはわかる。獲物を前にした獰猛な獣の、酷く怒っている時の空気だ。
「オラ出て来いよ!」
「その子こっちにも回してくれよ〜」
 外からは下品な笑い声と共に車のボディが幾度となく蹴られて揺れる。
「ぅあ……っ」
 ゾロの砲身がサンジの中からゆっくりと引き抜かれた。
 いっぱいに埋まっていた熱いものが急に抜き去られ、物足りなさに後孔がきゅうと締まる。ゾロの脇を挟んでいた脚がぶるぶると震えた。
 ゾロは黙って羽織っていたジャケットを脱ぐと、サンジの前を隠すように掛けた。
 ずり下げられ足元に落ちたGパンに胸元までたくし上げられたパーカートレーナーと、いやらしく乱れた格好のサンジ対して、手短に身を整えたゾロはスーツ姿のまま一縷の乱れもないように見える。
 こういうときですら、自分と目の前の男との世界の違いを見せ付けられるようで。
 ライトを背に受けるその姿を、どこか遠くを見るようにサンジはぼんやりと眺めた。
 
 と、扉の外に出て行こうとしたゾロが、何かに気づいたように身を戻してダッシュボードを開けた。
「…一人でイくんじゃねぇぞ」
 しゃらりとした金属音に目をやると、そこには銀色に光る手錠。
「……ッ!?」
 投げ出されていたサンジの両手をゾロの太い手が掴み、頭上に引き上げた。両手首に冷たい金属の感触が回る。
 シートのヘッド部分を支える金属棒に鎖が通されて、そこからぶら下がるように両手を繋がれ。
 自由を奪われたサンジの様子を軽く見下ろして確認すると、そのままゾロは運転席のドアを開けて外へ出ていった。
 一瞬篭った車内に冷たい空気が流れ込み、そしてバタンと再び閉ざされる。
「ゾ……ッ」
 首をめぐらせた拍子にガチャッと鎖が鳴って、浮かせた体はすぐに座席に引き戻された。
 昂ぶらされたままの体。性器はドクドクと脈打っているのに、ゾロに離された体はひどく冷たい。
 サンジは胸元から掛けられたジャケットの肌との隙間に鼻先を埋めて、小さく身を縮こませた。
 ライトの前を数人の人影が入り乱れるように動いて、ちらちらと光が点滅する。
 ドアを隔てた向こうからは、荒々しい物音や何かが叩きつけられる鈍い音。
 しかし熱に浮かされた体からは、その全てが遠い。
「あ……あぁ…」
 まるであの時と同じ。
 ジャケットから、かすかにゾロの汗の匂いがする。
 まぶしさに息を詰めて、サンジはぎゅっと目を閉じた。
 
 
 
 血の繋がらない、けれど肉親以上の恩があるゼフが何者かに襲われて入院することになったのは、サンジが大学に進んで間もなくのことだった。
 頑なに立ち退きを拒んでいた店に業を煮やした、不動産側の悪質な罠だった。
 莫大な手術費用と入院費用の工面に走り回るうちに、いつの間にか出来上がっていた身に覚えのない借用書。
 正式な場に訴える隙もなく、乗り込んできた数人の男達によって店は押さえられ、そして従業員を庇った不意をつかれてサンジ自身の意識もそこで途切れた。
 
 次に目が覚めたのは、眩しいライトに四方から照らされた何処とも知れない部屋の中だった。
 ぼんやりとした意識の中、全裸の自分は膝を付かされステージの上で押さえつけられている。
 ライトの向こう、たくさんの人間が自分を囲んでいるのがざわめく空気でわかった。
 頭上を通り過ぎるマイクの声。
 競られているのは自分だと。借金の抵当として売られたのはあのレストランだけではなく、自分自身の体もだと。聞こえてくる言葉から初めてそれを理解した。
 しかし法のしかれたこの町で果たしてこんな映画のようなことが起こるものか、現実味はひどく薄かった。
 どんどんつり上げられる金額。あちこちから投げられる声。熱さを帯びる空気。
 それらをどこか遠くで聞きながら、サンジは虚ろな目で光を見ていた。
 
 すると突然ぴた、と騒がしい音が止まった。
「……?」
 眩しかったライトが何かで遮られた。真っ直ぐに自分の元に落とされた影を追ってのろのろと見上げたステージの上、自分のすぐ前に立つ一人の男の姿。
 がっしりとした体躯でスーツ姿のその男は、片手に持っていたジュラルミンケースをドン、とその場に置くと鍵を外した。
 ザラッとこぼれ出す、紙帯に巻かれた真新しい札束。
「全てキャッシュだ」
 有無を言わせぬ響きを持った男の低い声に、誰も声を発するものはいない。
 しばし息を詰めた会場に、思い出したようにカン!と木槌が打たれた。
「い……1億3千万にて!落札いたしましたッ!」
 糸が切れたようにざわめき出す会場を背に、男は着ていたジャケットをサンジの体に掛けた。
 ふわりと広がる、コロンとも違う男の匂い。
 いつのまにかサンジを押さえつけていた人間はいなくなっていて、そして両脇と膝裏に手を差し入れられて、まだ自由の利かない体を男に持ち上げられた。
「……俺のもんだ」
 少し掠れた熱い声が、耳朶に落とされ。
 真っ直ぐに自分だけを見つめていたその鳶色の目を、サンジは今でも覚えている。
 
 
「人間飼うなんて金がかかってしょうがねぇからな。よっぽど付加価値のつかない限り10万程度から買えるぜ」
 だからてめぇはよっぽど血統がいいのか、クロコダイルの野郎がそこまで惚れ込んだかだろうな。
 そうこともなげに言ってのけたのは、都内に住む金融業を営むという、緑色の髪を持つその男だった。
 薬を使われていたのか、サンジは丸一日眠ったままだったらしい。目が覚めたのは見知らぬ広い部屋の中の、ベッドの上だった。
 男はサンジが目覚めるのを待っていたらしく、傍に置いてあった椅子から立ち上がるとどこかほっとしたように笑った。
 
「その…世話になった。金は働いて必ず返す」
 ベッドに起き上がって、男の口から詳細を聞いてようやく現状を理解したサンジは深々と頭を下げた。
 取り上げられたレストランは、男の持つこの金融ビルの一階に新たに構えればいいと言う。
 形は違えどジジィの店がこれで続けられる。むしろ都内の一等地に近いこの場所は、前より立地条件が良いくらいで、男の申し出をサンジはありがたく受けた。
 色々恩を受け、長年ゼフに付き従ってきた従業員たちの中には、腕と経験はあれども表立って掲げられる資格のないものも多かった。
 その者たちを路頭に迷わせてしまうこともない。
 安心して気が抜けて、ようやく余裕ができたサンジはぐるりと首を巡らせて部屋を見渡した。
 男の自室だと言っていた白と黒の色調で統一されたこの広い洋間は、なんだか整然としていて生活感に乏しい。絨毯や家具はシンプルながらも高級そうで、窓から見える景色から判断するに幾分高いビルの上にあるようだった。
 サンジは急に、この男の素性を全く知らないことに気が付いた。
 サンジをあの場所から助け出してくれ、しかもどうしてここまで自分に尽くしてくれるのか、それすら聞いていない。
「ところで……その、名前を教えてくれねぇか」
「名前…?」
 和やかに自分を見ていた男の目が、瞬間すうっと冷めたように見えた。
 それに何故かゾクリとしたものを感じつつ、サンジは頷いた。
「ああ。でないと金、返しにこれねぇじゃねぇか」
「……覚えてねぇのか」
 どこか無表情にもとれる瞳で、男が聞いた。聞いたというよりは、確認したと言うべきか。
「え……」
「そうか……そういうこと、か」
 きょとんとするサンジの前で男は何かを噛み締めたような苦い顔をすると、ふいに大きく笑い出した。
 額に手を当てて、しかし目は笑っておらずにじっとl虚空を凝視している。
「そうか、そうだよな…慣れてなきゃあんな見ず知らずの男、引っ張りこむわけねぇか」
 まるで自嘲するかのように口元を歪めた男は、そこで再びサンジを見た。
 しかしその表情は先ほどまでとは打って変わったように冷たく、目は獣のようにぎらぎらとした光を放っていた。
 男は本能的に後ずさったサンジを追い詰めるように、ベッドにその身を乗り上げてきた。
「金を返す必要なんてねぇ」
「え…や、でも」
「お前もお前の店も、俺が買ったんだ。お前は今日からここに住め。勝手に何処かへ行くのは許さねぇ」
「な……ッ!」
 鷹揚に言い放たれた言葉。伸びてきた男の手を払うように、咄嗟にサンジは足を振り上げた。
 しかしその蹴りをやんわり布団の上から押さえつけて、男はぐっとサンジの喉元に手を掛けた。
「……ッ!」
 強い力で上体をベッドに倒されて押さえつけられ、金髪がくしゃりと枕に散る。
 一握りで喉を潰されそうな、骨ばった男の手。
「……離、せッ!」
 引き剥がそうと手首に爪を立てるも、力強いその腕はびくともしない。
 男は真っ直ぐにサンジの目を見て、そして笑った。
「……お前は」
 
「俺が買ったんだ」
 
「………!」
 その言葉に、サンジは青い目を見開いた。
 ひとりの人間を「買う」という、それは決して違う世界の物語などではない。自分の身の上に今この瞬間成り立ち得る現実の話なのだと、男の目によってようやくサンジは理解した。
 そこに自分の意志など存在しない。
 逃げられない。
 底知れぬ世界の恐怖に、ゴクリと男の手のひらの下で喉が鳴った。
「でもどうしても金を返してぇ、俺に借金を返して自由になりてぇって言うなら」
 男の目が、手のひらで押さえつけた小鳥の羽根をゆっくりとむしっていくのを見るように、その震えまでもがまるで甘いかのように、ゆっくりと細められた。
 
「1回10万で、その体買ってやる」
 
 
 
「、ぁ…ッ」
 する、と掛けられたジャケットの裏地が肌を撫でた。
 ふつりと立ち上がった胸の尖りが擦れて、身じろいだ拍子にひやりとした風が肌を滑る。
 そんなささやかな刺激にすらぞわぞわと肌が粟立った。
「あ、あ…」
 もじ、と勝手に腰が揺れる。膝を擦り合わせて、サンジは熱い息を何度も飲み込んだ。
 さっきまでゾロが入り込んでいた後孔が、熱い。
 もどかしさに体を震わせていると、くちょ、と濡れた冷たい感触が股間からして、サンジは小さく喉を鳴らした。
「んッ…」
 濡れた蜜をこぼす性器はゾロとの行為の途中からずっと勃ち上がったままで、その先端がずり落ちてきたジャケットに触れたのだ。
 表面をふわりと撫で上げるような刺激に、サンジは背を反らせた。
 先ほどゆるゆると擦り上げられたゾロの指の感触が蘇る。ほんの少し腰を浮かせれば、ジャケットの裏地が優しく性器の先を嬲る。
 中途半端に放り投げられていた快感がじわりと再び戻ってきて、サンジは更に強い刺激を求めてジャケットに脚を絡めて腰を揺らめかせた。
 ゾロのジャケットが、まるでゾロの指であるかのような錯覚に陥る。
 やわやわと幹を擦って、先端を優しく撫でられる。
 ちろちろと這うような刺激がもどかしい。もっと爪先で、強く抉って欲しい。
 もっと。そう、もっと……!
 頭はぼうっとして、最早快感を拾い上げることしか考えていられない。
「ぁんッ……んんッ…!」
 目の前がちかちかと一瞬スパークして、サンジはびくびくっと背を反らせて体を震わせた。
 足の筋がピンと張り、時折絶頂の余波に痙攣する。
 やがて止めていた呼吸を一気に吐き出して、サンジはシートに深く沈みこんだ。
 しばし開きっぱなしの唇から荒い呼吸を繰り返して、呆然と余韻に浸る。
 
 その時ガチャッと大きな音とともに冷たい外気が流れ込んできて、サンジはハッと我に返った。
「ったく、邪魔しやがって。待たせたな」
 はき捨てるように呟き、しかし息も衣服も乱さぬまま、ゾロが車に乗り込んできた。
 気づけばあれほど明るかったライトは全て消え、外は再び静かな夜の空気を取り戻している。
 バンと扉が閉められ、濃い空気の中に2人の気配だけが満たされる。
「……ッ!」
 かぁっと赤面するサンジの様子に、ゾロは気づいたように口をにやりと歪めた。
「イイコで待てなかったのかよ?」
「あ、やめ…ッ」
 ぎゅっとゾロのスーツを挟み込んだまま閉じた脚の間に、ゾロの手が潜りこんできた。
 慌てて足を閉じて阻もうとするが抵抗も空しく、濡れてくたりとしていたサンジ自身をゾロのごつい手の平が握り込んだ。
「ぅあ…ッ」
「一人でイクなって、言ったよな」
 ジャケットの下でサンジの性器を指の腹で撫でながら、ゾロの目がまるで獲物を見つけた時のように嬉しげに細められた。
「お仕置きだな」
「……ひッ」
 ゾロがダッシュボードに手を伸ばして再び取り出したものを見て、サンジは体を強張らせた。
 内側にぼこぼこと金属で緩い波状の起伏のついた、指輪のような赤い小さなベルト。
 あれに苛まれ、意識を無くすまで底知れぬ快感に翻弄されたのはまだ記憶に新しい。
「ヤ…やぁ…ッ!」
 くちょりと萎えたサンジの性器を、男の厚い手が包んだ。
 手首の金属をガチャガチャ言わせて逃げようと体を捻るサンジを簡単に押さえつけ、その根元にするりとベルトが巻かれる。
「ぅあぁッ……」
 絶望に、サンジの体が震えた。
 ここを締められると、どんなに快感を得ても決して射精ができなくなるのだ。
 その代わり射精をすれば1度は必ず終わる性的な快感が、前立腺を叩かれる度に休みなくもたらされて幾度でも絶頂を迎えられてしまうようになるのだ。
 終わることなく連続して何度でもイかされる。
 それは甘い地獄のように。
「ひっ…」
 両脚が押し開かれ、ゾロの熱い性器が後孔にぴたりと押し当てられた。
 濡れたまま柔らかく口を開ける肉壁をいっぱいに押し広げて、それがずぶずぶと潜り込んでくる。
「あ…あぁ……ッ!」
 しどけなく口を開けて、サンジはゾロを迎え入れた。
 根元までぐっとはめ込まれ、すぐに律動が開始される。
 繋がったそこからぱあっと全身に熱が広がって、サンジはどうしようもなく震える足を必死にゾロの背に絡めた。
 
 うっすら涙で滲む視界には、もう夜空の星も見えない。
 汗の散るゾロの顔。
 濃密な空間にこもる、2人の息遣い。
 それだけで……世界が埋まる。
 
 サンジはそれらを閉じ込めるように、そっと目を閉じた。
 
 
 
 
「……らしくねぇ」
 高級そうな黒い革財布から無造作に札束を引き抜いたゾロが、苛々とした様子で舌打ちをした。
 ぐったりと助手席に体を投げ出していたサンジは、いつもとは違うその態度に小さく目線を動かしてゾロを見やった。
 こうして情事が終わった後は、ゾロから代金がサンジに投げ渡されるのが常だ。
 1回10万。道具を使えば、オプションとして更に数万円が上乗せされる。
 今日は手錠とリングを使ったから、13万くらいか。
 煙草が吸いてぇな、とすでに乾いた青い目を虚ろに投げて、サンジは再びゾロから目線を窓の外に向けた。
 こんな行為にも慣れてしまった。
 どうして金を払ってまで自分を抱くのか。
 どうして、逃がさぬよう金という鎖で縛り付けるのか。
 特別な意味を見出そうとした時もあったけれど、そんなこと、今はもう考えたくもない。
 何かを『買って』『飼う』という行為。
 ゾロにとっては、その楽しみでしかないのだから。
 
 
「ここぁ…昔、ただの山だった」
 ふと、ゾロが呟いた。
 シャツの衿を緩めてハンドルに腕を乗せ、その目線はフロントから遠く町の明かりを見ている。
 小さく耳を澄ますサンジに、独り言のようにゾロは続けた。
「俺には幼馴染みがいて…剣の修行がてら、よくこの辺で遊んだもんだった」
 ゾロ自身の話を聞くのは初めてのことで、そして予想もしていなかった随分と健全な幼少時代の話に、サンジは驚いて再びゾロの横顔を見上げた。
「あの頃は…もっと、色んなものが見えていた気がする」
 自分とは随分違う人生を、世界を歩いてきたのだろう、その精悍な横顔。
「何かを見据えたいとき、俺は今でもたまにここへ来る。どうしてだか…てめぇを、連れて来たくなった」
 その言葉に、サンジの胸の奥のほうで小さく鼓動が跳ねた。
 ゾロは少し困ったようにサンジを見て、そしてつたない言葉を紡いだ。
「今日だけは金を、払いたくねぇ」
 
 
「……俺が生まれた日なんだ」
 
 
 車内の時計を見ると、デジタル時計が0時を数分過ぎていたところだった。
「……ッ」
 じわっと、乾いていたはずのサンジの視界が再びぼやけた。
 
 
 憎めないと思う瞬間は、こういうときだ。
 力に物を言わせて、自分の体を開いた男。
 そして金の力で、自分を縛り続ける男。
 
 けれど。
 
 金を使わないと、欲しいと思ったものの手に入れ方もわからない男。
 それはおそらく、無償の愛情を貰うことが出来なかった男。
 
 サンジの胸の深いところに溶岩のような熱い熱い流れが生まれ、それがどんどん体中に染み渡る。
 
 言葉が、溢れ出す。
 
 サンジは助手席から身を起こすと、少し驚いたような顔をしたゾロに向かってゆるゆると手を伸ばした。
「俺の店に…連れてけ」
 今から特別に、てめぇの好きな食いもん、いっぱい作ってやるから。
 切れ切れにそうささやくと、ぎゅうとゾロの手が背に回って力が込められた。
「こんな日に金なんか、いる訳ねぇ……誕生日は、無償で、色んなモンを貰っていい日だ」
 冷たいその顔に頬をすり寄せて、そしてサンジもゾロの首に回した手に力を込めた。
 
 寂しくて不器用なこの男に、少しでも自分の熱が染み込めばいい。
 そう願って。
 そしてゆっくりと囁いた。
 
 
「誕生日おめでとう、ゾロ」
 





*END*



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基本設定、某有名BLをパロってみました。ゾロ誕第1段です〜
不器用な魔獣に、ほだされるサンジ。