模範演技
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 ゆらゆらと揺れるのどかなメリー号。
 キッチンからお昼ご飯なのだろう、何かを焼く香ばしい匂いが漂い始めて、みかん畑にいたナミは顔を上げた。
 もうそんな時間なのねと、みかん畑の手入れしていた手を止める。すると突然見張り台からびゅんっと2本の白いものが伸びてきた。
 畑の淵に掛けられたそれは、人間の手。
「ルフィ」
 すぐに見張り台から麦藁をかぶった本体の方がくっついてきて、ぱちんと腕が元にもどるとルフィが畑に降り立った。
「どうしたの」
 まっさきにキッチンに飛んでいきそうなのに。ナミが首を傾げれば、ルフィは冒険を前にした時のようにワクワクした顔で言った。
「なぁナミ、ひざ枕してくれ!」
「ハ!?」
 突然あっけらかんと大きな声でそう言われて、ナミはにししと笑うルフィの顔を見つめ返した。
 
 
「アンタ何いってんの!?」
 自分の方が恥かしくなって慌てて辺りを見回すが、幸運にも甲板に出ているクルーはいないようだった。
「なんで、ひざ枕……」
「してみてぇから!」
 迷いのない目で即答されて、ナミは溜息をついた。
 相変わらず唐突な男だ。
 
 ひざ枕。
 ルフィに、ひざ枕。
 
 ナミだって海賊の前に一人の女である。好きな男にしてみたいと、思わないわけではない。
 しかし相手は恋愛という感情を理解しているかも怪しいこの男だ。
 確認しておかないといけない。
「ルフィ、なんで私なの?ロビンとか…暇なウソップあたりにでも頼めばよかったじゃない」
 そこでルフィはんん?と首を捻った。けれどすぐに答えは出たらしく、子供のように笑った。
「んー、俺はナミがいい。ナミにしてもらいてぇ」
 
「なら……しょうがないわね」
 赤くなった顔を誤魔化すように、ナミはそそくさとみかん畑で正座をすると、ほら、とルフィに膝をあけ渡した。
「ならどうぞ、してあげる。そのかわり高いわよ?」
「おー」
 ルフィは嬉しそうに、その場でごろりと横になった。
 ミニスカートから剥き出しになった肌の上に、やわらかい黒髪が散る。
 自分に預けられた温かで重い存在に、どきどきと心臓が高鳴り出す。
 逆さになったルフィの丸い目がくるっと動いて、ふわりとナミは笑った。
「どう?」
「やわらけーぞ、ナミ」
 ルフィの手がナミに向かって伸ばされた。
 え、と思う間もなく頭の後ろをぐっと引き寄せられて、そのまま体を折った状態でルフィの唇が重ねられる。
 
「な……」
 息を呑むナミに、顔を離したルフィは悪戯が成功した子供のようにシシッと笑った。
「やわらけーぞ、ナミ」
 同じ台詞に、今度こそナミは顔まで真っ赤に染まった。
 
 
 夢を求める力強さに、自分まで引き寄せられた。常に目をやらずにはいられない、太陽のようなそんな男だ。
 だからこの感情にお互い名前などつけなくても、その隣で胸を張って立っていられればいいと、そう思っていた。
 
 なのにこんなのは、ずるい。
 
 
 
 ナミが俯いていると、ルフィの手が頭から顔に落ち、そして何故かスカートに落ちた。
 まさぐるように太ももを撫でられて、流石にぎょっとしてその手を押さえれば、不思議そうにルフィが見上げる。
「ひざ枕ってのは、こうするんだろ?」
「な、なによそれ。ひざ枕とこんなのは、関係ないでしょ」
 ドキドキしながらも言えば、ルフィはえーと拗ねたように口を尖らせた。
「でもいっつもこうだったぞ」
 
 そのニュアンスに、ナミの眉がぴくんと動いた。
「さっきもそうだったし。俺いっつも見張り台から見てたんだ」
 だから間違いねぇよと言うルフィに、嫌な予感が湧いてくる。
 
「ちょっと待ってルフィ……見たって、それは誰と誰のこと…?」
 
 
「ゾロとサンジ」
 
 
 けろっとルフィが言ったと同時に、キッチンの扉がバタンと開いた。
「んナぁ〜ミさぁーんvvお昼の用意ができましたよほーッv」
 中からおたまを振り上げながらサンジが飛び出してきて、上の畑にいるだろうナミを振り仰いだ。
 そしてひざ枕で、しかも腰に伸びたルフィの手をナミが抑えている状態を目の当たりにしてがぼんと顎を外した。
「ててててんめぇクソゴムッ!!ナミさんに何してくれやがんだアァッ!?」
 それとほぼ同時に船首の格納庫の扉がバタンと開いて、今度はゾロが顔を出した。
 そしてキッチンの上と下で揉めている3人を見て、ア?と一瞬足を止めたが、すぐに何かを理解したかのように腕を組んだ。
 
「なんだルフィ、押しがたんねぇな」 
 
「ばッ!テメェクソマリモなんてこと言いやがる!!死にさらせ!おいルフィ今すぐナミさんから離れやがれッ!!」
「アァ!?んだとテメッ……」
「なんだよお前ら。お前らはいっつもやってんじゃねぇか」
 ぶーぶー文句を垂れ始めたルフィに赤くなったり青くなったりのサンジ、その怒りの矛先を向けられて青筋を立てているゾロ。
 にわかにバタバタと埃っぽくなったキッチンの上で、ナミはふるふると震える拳を握り締めるとゆらりと立ち上がった。
 
「サンジくん、ゾロ……」
 そしてにっこりと極上の笑みをのせる。
 
「あんたらにちょっと、教えたいことがあるの。そこに直んなさい」
 
 顔とは裏腹の低い低い声に、ゾロとサンジの動きが思わず止まった。
 
 相手に自分を選んだルフィの言動はこの際ちょっと胸に仕舞っておくとして。
 ナミはまず模範演技自体を指導するために、その手を大きく太陽に掲げ。
 
 
 
 高い青空に、鉄拳が振り下ろされる音が2つ、気持ちよく響いた。





*END*



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サン誕第3弾。ルナミだけど、ゾロサン。
毎日みかん畑でいちゃこら膝枕してるらしいですよ。

06.03.12