盟 約 4 |
「…、ふ……ぁ…」 酷く喉が渇いている。 浅い呼吸を繰り返しながら、サンジは小さくスプリングの効いたベッドの上で身じろいだ。 シーツに頬を擦りつけ獣のように腰を掲げたまま、意味もなくやわらかな布を掻き毟る。 体中が熱い。熱くて熱くて、指の先までジンジンとした痺れが回っている。 辛うじて意識は繋いでいるものの思考は固まらず、開いたままの唇からは、とろ、と舌先を零したままで、溢れる唾液を飲み切る力もない。 「ぁ、ッ…――」 サンジの尻に、男の手が掛けられた。太くて熱い指に、白い肌が引き伸ばされて鈍い痛みを訴える。 無意識に逃げようと足掻くが、意志に反して体は鉛にように動かず、指先がふくりと腫れた後孔をなぞった感触にサンジは背を震わせた。 「ぅ、あ……や、もうイれ、な……」 もつれながらも言葉を紡げば、背後でゾロが低く笑う気配がした。 「そう言われても、さっきからもう入ってるんだが」 「ひ、ぃ、ア…ッ………!」 ぐり、と存在を主張するかのように内部で蠢いた硬い指先に、見開いたサンジの目に涙が盛り上がる。 それは幾度となく滑り落ちた頬の上を辿るように緩く流れ、反らした白い首筋に消えて行く。 サンジは壊れた機械のようにガクガクと震えながら、涎や涙に濡れた顔を自分の手に押し当てた。 幾度となく開かれた後孔は今ではゆるゆると口を開き、はしたなく濡れている。 限界まで押し開けられた穴は、まるで元からその大きさであったかのように感覚もなく、ただ時折きゅうっと収縮してはそこに異物が入っている事を伝えるのみだ。 濡れた音と共に、入れられていたゾロの指が数本、戯れに出入りを繰り返す。 「お前…やっぱりいい匂いがするな」 内部を掻き回しながら、ゾロがサンジの背に覆いかぶさった。 厚い筋肉の胸が、汗ばんだ肌にひたりと重なる。 「、ぁ……」 サンジは無意識に小さく喉を鳴らした。 普段の自分なら、男と肌を合わせるのは勿論必要以上に触れる事だって鳥肌が立つ程なのに。 ゾロがまるで抱き込むように片手をサンジの前に回し、ぬるついた指先でツンと尖った胸の粒を撫でた。 「あ、ぁ……」 なのに今は、その熱が、匂いが、ゾロという男の発する気配全てが、ぞくぞくとサンジを震わせる。 サンジの短い襟足に鼻を押し当てたゾロが、まるで獣のように大きく息を吸い込んだ。 「初めて見つけた時から、すげぇ…美味そうだ」 「……――ッ」 欲情を隠しもしない、低く甘く、そして僅かに擦れた声。 首筋に押し当てられた牙がやわらかく肌にめり込み、小さな痛みを訴える。 このまま肉を破り、溶け出た血があの厚い舌で啜られ――。 喰われる。――そんな覚悟にも似た陶酔。 けれど代わりに掛かったのは熱い吐息で、温い舌先が味見をするかのように首筋を這った。 言い知れない感触にぶるぶると体が戦慄き、サンジは啼いた。 「ァ、あ…ぁ…――」 熱く熟れた自分の中心が昂ぶり、内股がピンと張り詰めた。後孔は甘く、ねだるように咥えたままのゾロの指を締め付ける。 指はそれに応えるかのように荒々しく動き、サンジの内壁に快感を叩き付けていく。 「ぃヤだ、や……ア――」 最早数え切れない幾度目かの絶頂に、擦り切れた意識が明滅する。 イきすぎた体は最早出すものもなく、たらたらと先端から緩く液を漏らすのみ。 いや、果たして本当に達しているのかすら曖昧だ。 サンジは涙を流しながら果てのない快楽の出口を求めてシーツを掻いた。 穿たれた体の中心、柔らかく潤んだ肉の細胞一つ一つから全身に、ゾロという毒が沁みていくようだ。 熱い。 意識が白濁としているのに、体の感覚だけがひどく敏感になっていく。 もはやこの体は只の肉の器だ。 四肢を起こす力も失せて、サンジはくたりとシーツの上に沈み込んだ。 重い体に対して、自分というものの存在が酷く曖昧になっていく。 熱、快感、痛み、触れられた肌の感覚、咽る匂い。 ここにあるのはそんなものばかりだ。 サンジなどという意識はどこにも必要は無く、ただ体はゾロの指だけを待ちわびて足掻く。 あの男がもたらす快感、今はそれだけが自分を支配する全てだ。むしろあの指が無かったら、自分がここに居る意味すらないのかもしれない。 思考はどんどん手を離れ、サンジは涙で霞む目線の向こうを見つめたまま柔らかく唇を歪ませた。 ――そうだ。 だったら一体何を憂う事があるのだろう? もう自分が何であろうと、どうでもいいじゃないか。 必要なのはあの男。いやあの男に付いている指か?どちらでも構わない。 次は何処を触れられる。 それは自分になにを与える。 深い奥まで暴かれ、奪われ、それから――。 次第に頭の中がそれだけでいっぱいになってきて、サンジは熱い息を零した。 弛緩したまま言う事をきかない体の代わりに、涎の溢れた唇で自らの指を吸う。 ――早く次の快感が来ないだろうか。 じゅん、と体の中心を走った甘い疼きに、ひくりと体が勝手に震える。 いつの間に引き抜かれていたのか、空っぽになった後孔からはとろとろと何かが零れ伝う。 なんだか汚いなぁ、とサンジは笑った。 今自分は一体どんな格好をしてるんだ。 けれどそれもどうでもよくて、虚ろな目線を宙に彷徨わせる。 全身の肌が、ただゾロの気配を求めてチリチリと産毛を逆立てる。 ――ああ早く。早く、何も考えられないくらい滅茶苦茶に…… 「俺がジィさんの脚、返してやろうか」 その言葉はまるで静寂を破るように真っ直ぐサンジの耳に落ち、漂っていた思考がピタリと動きを止めた。 「―――…な…に」 意味を考えるより先に、スウ、と目の前の霧が晴れ、瞳に色が戻ってくる。 脳内を熱くマグマの様に埋めていた快感が、シンと冷えていく。 横たわるサンジを見下ろしながら、ゾロが笑った。 「新しい脚、作ってよ」 室内に響くその言葉に、サンジは小さく指を震わせた。 「ジジィの……あ、し……」 そうだ、とゾロが笑いながらサンジの傍に忍び寄った。 「契約だ。代償は……テメェが一生、こうして俺の城で暮らす事でどうだ」 サンジは青い目をゆっくり、ゾロへ向けた。 「それともそんな面倒な事しねぇで、テメェの心臓にキスして一生ここで抱き人形にしてやろうか?」 ゾロはサンジの体を膝で蹴り、ひっくり返すと、左胸に指を這わせた。 「んッ……」 天を向いた赤い粒を摘まれれば、甘い疼きがジンと腰を走る。 サンジは濡れた舌で上唇を舐め、ゾロを見た。 そして笑う。 「俺の一生とジジィの脚一本が、契約の対価になるはずねぇだろ、このクソ悪魔」 肌を這っていたゾロの指が、ぴたりと止まった。 サンジはニヤリと笑った。 瞳に自分の意志を宿してゾロを睨みあげる。 「明らかに俺が払いすぎだぜ」 否、本当は、それこそが対価だとサンジは知っている。 ジジィの脚一本を引き換えたからこそ、今の自分の生はここまで繋がっているのだから。 けれどサンジは笑う。 ゾロに対して強く笑って見せる。 だって、わかってしまった。 「悪魔、テメェ……そんなに俺が欲しいかよ?」 ゾロが目の奥で、ギラリと強い光を秘めた。 「人形じゃねぇ俺が、欲しいのかよ」 「………」 沈黙は肯定だ。 サンジは唇を引き上げ、そしてゆったりと、誘うような眼差しで言い放つ。 「誰がやるかよ」 馬鹿め。 「テメェ…」 ゾロが唸った。ザワ、とゾロの気配が変わる。 大きな獣だ。強くて荒々しい獣の殺気。 獲物を頭から噛み砕き、骨までしゃぶり尽くす――そんな気迫が一気にサンジを覆いつくす。 けれどゾロは動かない。 力任せに壊してしまうのはきっと簡単だ。けれどその衝動を堪えて、じっとサンジを見下ろしている。 サンジは笑った。 先ほどからどうしてこんなに笑えるのか、自分でもわからない。 でもきっともう頭の隅まで毒が回りきっていて、正気ではないのだ。 自分をこんな有様に変えた悪魔、どうしようもないクソ野郎。蹴って蹴って包丁で切り刻んで微塵にして、特注の寸胴鍋で煮込んでとろっとろのスープにしてやったって足りない。クソ悪魔。 でもそいつが、最後の最後の一線で自分を壊せない。 腹の奥の方からゾクゾクとした衝動が競りあがってきて、サンジは腹を抱える様に身を捩った。 とろ、と後ろから零れた感触に肌を震わせつつ、燃える目をして自分を見下ろす男に向かって膝を立てる。 そして火照って薄く朱に染まった、内側の白い肌を痺れる指先で開いて見せた。 「指咥えて俺の痴態見てるだけの不能野郎に用はねぇ」 ――ああ、本当に正気じゃない。 そう思いながらもサンジは笑いを止められない。 一瞬、呆気にられたように目を見開いた後、ゾロはぐわりと怒りの色を濃くしてサンジに圧し掛かった。 柔らかなベッドの背が軋み、目の前に獰猛な獣の牙が迫る。 「そうかよ、テメェ」 ゾロが秘部に伸びていたサンジの手を掴むと頭上に纏めて縫いとめた。 「狂っても容赦しねぇぞ、テメェ――とことんまで堕ちやがれ」 「……ハッ」 サンジは鼻で笑った。 「出来るならやってみな。――でも絶対、テメェのモンにはならねぇよ」 「………ッ」 すっかり溶けてぬかるんでいたサンジの後孔に、ぐっと熱い塊が捩じ込まれた。 「―ア…――ッ!」 喉を仰け反らせて喘ぐ間もなく、ずるずると腹いっぱいに熱い怒張が埋め込まれる。 指などとは比べ物にならない質量。痛みよりも、体の中心を抉る酷い異物感。 そして全身に満ちる男の命。 「あ…ぁああ……」 サンジの体の中を巡る血が、ゾロを取り込み歓喜しているかのようにびくびくと打ちと震えた。 「ア、は……ぁッ……!」 本能的にずり上がったサンジを押さえ掴まえ、ゾロは大きく腰を引くと半分まで抜けかかった自身を再びずぶりと埋め込んだ。 「ひぃ、んッ………」 容赦なく繰り返される突き上げに脳が再び快感に焼け爛れ、全身が真っ白く痺れる。 「ぅく、あ………っ」 痙攣したようにぎゅうっと後ろを締め付けた途端、際奥で熱い飛沫が弾けた。 一瞬、サンジの全身に広がったのは、紛れもない充足感だった。 けれどそれも怒涛の快感の波に一気に押し流され、意識が白く遠のいて行く。 「おいおい、寝るには早ぇよ」 ニタリと悪魔が笑った。 突然ギリギリと前を握りこまれ、電撃のように走った痛みに目を見開く。 中に埋めたままのものでゆるりとサンジを掻き回しながら、ゾロがたらたらと涙を零し続けるサンジの先端を指の腹で押し潰した。 「とりあえず今回の対価はまだ回収し終わってねぇ」 痺れた指先でなんとかゾロの肌に爪を立て、サンジは小さく震えた。 「だからその分ゆっくりと――楽しもうじゃねぇか」 耳元に落とされる悪魔の囁き。 今回の取引代償が一体どれ程のものなのか、あと何時間――いや、何十時間続くものなのか。 確かめる術は、サンジにはない。 霞む意識の底で笑い声を聞きながら、サンジはゆっくりと目を閉じた。 |