楽園
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 新世界。
 史実にはない、空白の時間。 
 どこかにそっとある、航路からも外れた、それは名もない小さな島。








 風に揺らぐ野花の中。巨大な石碑に刻まれた名前は今でも暖かく、そして誇りに満ちている。
 海のよく見えるその場所に、大小二つの石碑が並んでいる。その前に一人の男が立っていた。
 擦り切れたマントで全身を口元まで覆い隠し、じっと石碑を見つめていた男は、やがて静かに頭を垂れた。
 きびすを返し、歩き出す。辺りの気配を慎重にうかがって、男はふわりと空気の様に掻き消えた。

 岩の間にある、隠し扉。
 無数の入り江に繋がる、蟻の巣のように細かく分かれた通路が広がるそこは、地下の砦。




 白い無機質な通路を歩く途中ですれ違った女が、男に向かって小さく頭を下げた。
 さっぱりとして純朴な衣服になったが、かの白ひげ時代に化粧をしてヒールを履いていた姿よりも、不思議な綺麗さがある。
 医療班として船に残った者、この島に残った者、そしてこの島を守る為に残った船員と家族になった者もいる。
 時には叱咤し、時には慰め、船の男達を影から支え、見守ってきたのも彼女達だ。
 いつの時代も、女は強い。




 愛してくれて、ありがとう。

 そう言って、アイツは弟を抱きしめていった。



 全てが終わり、そして全てが始まったあの戦いは、まるでかの海賊王の作り出したあの幕開けの場にも似て。

 数え切れない戦闘と共に、家族に等しい同胞が逝く姿も沢山見てきた。
 けれど瞬間全ての音が掻き消え、横たわるアイツしか視界に映らなくなった程、周りが見えなくなるまでの衝撃は初めてだった。

 自分の発する呼吸すらもどかしく走り寄って抱えた腕の中、まだかすかに暖かい体、温かい血――そして僅かに開いた瞳。
 エースは自分を見ると、いたずらがバレて参った時のように眉を寄せ。

 小さく、笑った。




 辿り着いた小さな部屋。
 モニターの前で作業をしていた白衣を肩にかけた初老の男が、こちらに気づいてよいしょと席を立つ。
 いつも気を利かせてくれる彼に静かに礼をして、入れ替わりに部屋に入る。

 硬いベッド。
 そこに懇々と眠り続ける、一人の男。

 いつも太陽の下に居た彼からは想像も出来ないほど青ざめた肌は、未だに回復しきれない肉体の傷の深さがいかほどであったかを伺わせる。
 ナースが小まめに手入れしてくれているお陰で切り揃えられた黒い髪は、当時よりも幾分すっきりとしたかもしれない。
 男は傍の小さな椅子に腰掛けて、そっと男の頬に手を滑らせた。


 例えこの世界に残った真実がどんなに辛かろうとも。
 過ぎ去った時間の重み、過去の史実となってしまった自分の所業、それらに苦しめられようとも。
 今度再びこの瞳が開いた時には。
 

「絶対に、逃がさねぇよい」


 小さく呟いて。
 確かに温もりの伝わるその唇に、男はそっと呼吸を重ねた。










*END*













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11.03.12

かなしいおもいも、すべてだきしめて。