ちょこっとらぶ。
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「なぁーマルコ。バレンタインだな」
 明日、そう呟くと、エースは入り浸ってもう我が家のごとくくつろいでいる部屋の、冷たいコタツ机にぺたりと頬をつけた。
 帰ってきてまで仕事をしている、こちらに向けられた肩幅の張った白いシャツの背中をチラリと見る。
「そうだな」
 この男の筋肉に憧れてこっそり鍛えてみた事もあるけれど、いくら食べても動いてもエースの体はちっとも肉がつかなかったので諦めた。

「なぁなぁ、また職場のおねーさんからチョコとか貰うんじゃないの」
「…ん、そうだな」
 ちっともこっちを向かない男に小さく唇を尖らせ、けれどもひっそりとその首筋を見つめる。
 大人の男らしい、太い首だ。ガープのジジイや知り合いのシャンクスや、大人の男は周りに沢山いるけれど、やっぱりマルコの首が一番セクシーだと思う。
 多分それはエース自身の気持ちの問題だろうけど。
 首の中に流れるだろう、暖かな血の流れを考えて、エースはゴクリ、喉を鳴らした。
(……!だめだ)
 慌てて目を逸らし、腹の奥に湧き上がってきた衝動を抑える。
 じわ、と赤くなってきた頬にエースは暖かなコタツにしがみつくようにドキドキと鳴る胸を抱えた。
(マルコの血、まだ甘い……かな)
 それを確かめるのは怖い。
 まして一度知ってしまったが為に、尚更確認など出来なくなってしまった。
 怖い。
 もしその味が変わってしまっていたらと思うと、ぎゅうっと心臓が搾られるように痛い。

 科学が進歩しきった現代にも、吸血鬼と呼ばれる存在はひっそり暮らしていて。
 しかも不思議で不器用な生き方しか出来ない存在だったりする。
 エースは定期的に人間から血を飲まなければならない、そんな一族の一人だ。
 一体長い歴史の中で何でそんな必要性があったのか、エース達吸血鬼には変わった味覚能力が発達していた。
 それは人間から貰う、血の味に対して。
 自分の事を好きな相手から吸うほど、その味がとてつもなく――甘く感じるのだ。
 
 エースには父も母も無く、少しだけ複雑な環境で育ったせいで、幼い頃にやむなく摂取していた人間からの「食事」に味など感じたことがなかった。
 自分の事を憎むことすらあれ、好きな人間なんていないのだと、荒んだ目で生きていた頃もあった。
 思春期を過ぎた今ではその辺は割り切って、必要最低限の燃料を補給するような気持ちで、それ以上の事は考えた事もなかった。血が甘く感じるなんて、もしかすると只の言い伝えなんじゃないの、くらいの気持ちでいたのだ。
 だからあの時の衝撃は凄まじかった。
 
 ジジィの知り合いのつてで知り合ったマルコは、傍にいると何故か妙に安心する相手で、必要以上に構わないのも気に入っていた。別にお腹が空いてもマルコの血を吸おうなど考えてもいなかったし(第一吸血鬼だなんて、絶対に秘密だ)それは偶然だった。
 書類を捲っていたマルコが、ピッと鋭い紙で指を切ったのだ。
 流れる赤い色に、その指先を口に含んでしまったのは本当に本能に伴う衝動だった。
 ぎょっとしたようなマルコ。
 だがしかし、エースの方がもっと目を見開いた。

 ごくり、と喉を通り抜けたその液体はふわりと芳しく。まるで舌先から脳内に突き抜けるように、甘かったのだ。
 今までどこ吹く風といった素振りで飄々とし、エースの事なんてこれっぽっちもに眼中にないような男の、血が。

 あまりに動揺してその場は逃げ出してしまったが、心の中は混乱と、そして喜びでいっぱいだった。
 夢だったんじゃないかと思いながら、咥内に広がったその味を何度も思い出した。
 嬉しくて、嬉しくて、もう一度味わいたいと思う欲求は日に日につのった。
 けれど出来ない。人の心は直ぐに変わる。自分を好きでいてくれる相手でも、いつかは嫌いになるかもしれない。
 その時、自分にはそれがわかってしまうのだ。例えどんなに笑顔で相手が隠していたって、その血の味の変化によって。
 もしも次に口にした時マルコの血が、甘さを失っていたら。
 ――それを思い知らされるのは、耐えられそうになかった。
 それなら自分はずっと、この距離感のままでいい。
 
「それじゃ、俺そろそろ帰るな」
 笑った口元で軽く言うと、エースはマルコから目線を引き剥して暖かなコタツから出た。
 ここにいると、ずるずると禄でもない感情が溢れてしまいそうだ。
「チョコ余ったらさ、また食わしてくれよ」
 お邪魔しました、とペコリと頭を下げて(これは小さい頃からの癖だ)身を翻す。けれどパシ、と掴まれた手首に、エースはその場を動けなかった。
「…なに?」
 きょとんとして問えば、マルコが作業用の眼鏡を外し、エースを見上げていた。
「甘いもん、好きか」
「え、ああ、うん」
 チョコの事かと頷けば、ぐいっと体が引かれ、そのままふわりと床に押し倒された。マルコの目が真上にある。
「……な、に」
 真剣な目に宿る光りに、本能的にピリ、と肌が粟立った。そんなエースの様子に、マルコは不意にニヤリと笑った。
 
「…じゃあ俺からもくれてやるよい」
「え、……え?」
 驚くエースの前で、マルコは机上の物入れに差してあったカッターを取ると、その刃を親指の腹の上で真横に引いた。
「なにし…!」
 驚くエースの前、突きつけられた親指がとろりと赤い筋を引く。身を捩って拘束から逃げを打つ前に、強い力で顎を取られた。
 慄く唇が抉じ開けられて、舌先にその親指が押し当てられる。
 ふわりと鼻先に抜ける甘い香り。舌の上を流れていく甘美なその味に、知らずじわりと涙が滲んだ。
 混乱のまま目の前の男を睨めば、見下ろす目が笑っていた。
「甘いだろう?」
 指が突き入れられたまま緩く空けられたエースの唇を、ぺろり、男の舌が舐めた。僅かに舌先が触れ合い「自分じゃ鉄臭いだけだな」とマルコが眉をしかめ、指先をエースの舌に擦りつけるようにしてから引き抜く。
 
「なん、なんで、アンタ、知って…」
 もしかして今までのエースの葛藤も、とっくにバレていたのだろか。羞恥に頬が染まる。
「お前、俺から距離を置こうとしてやがっただろう」
 でもそれは多分、相手がマルコだからだ。関係ない相手だったら、どう思われていようと構わない。
「そんなの許すかよい。お前が嫌がろうと泣きわめこうと…これからもずっと一生、こうして飲ませてやるからな」
 あまりの台詞に、エースはぽかんと口をあけ、そして吹き出した。
「アンタ…さり気なく酷いな」
「惚れさせたお前が悪い。諦めろい」
「なんだそれ!」
 意味がわからず、それでもますます赤くなった顔を隠すように、エースはぎゅうっと目の前の男を抱きしめた。






*END*



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昨日のGLCの、マルエーぷちにて配ったラリーチラシ用SSでした。丁度バレンタインだったので。
マルエー当サイトに初登場です。このZS版も考えてあるので、そのうち書きたいです!

11.02.14