KOAKUMAラヴァー 11
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(11)



* * * * *


「あ、そういやお前、今晩は来んのか」
「え…」

 ホームルームが終わって一気にざわついた教室、鞄を持って出口まで横切る途中で、ゾロはふと真ん中辺りの席で帰り支度をしていたサンジに声を掛けた。
 一瞬、おしゃべりをしていた回りの空気が止まり、視線が集まる。
 なんだ?とゾロが周りを見回すより前に、目の前に座っていたサンジの耳がじわっと赤くなった。
「あ?」
「〜〜〜っ!!」
 覗きこもうとしたゾロの前で、ガタンと椅子を鳴らしてサンジは突然立ち上がると、唇を引き結んでゾロを見た。
 分厚い眼鏡の奥で青い目が物言いたげにゾロを睨む。頬は何故か耳と同じく真っ赤に染まっていた。
 そしてそのまま鞄を抱えるとサンジはダッと駆け出して――行くのを逃がすゾロじゃあない。
 運動部の反射神経舐めんな。

 踵を返したサンジの腕を思い切り掴み、そのまま反動でこっちを向かせると、もう一度サンジの席の木の椅子にその体を放り投げた。
「おいこら待てテメェ」
「はわ、ぇ、ぅわぁあ!?」
 どすんっ、と鞄を抱えたまま、椅子に尻を付いたサンジが慌てた様子でゾロを見上げた。
 もつれた前髪からのぞく、顔のサイズに合ってない黒い眼鏡のフレームがずるりと傾いた。

「な、な何、なにす…」
「何すんだってのはコッチの台詞だ。なんで逃げるんだ。あとこの眼鏡邪魔だって言っただろ外せ」
「ぅえ?だ、駄目だって、これは」
「うっせー」
「ダメだってぇええええ」
 外してやろうと眼鏡に手を掛けたゾロと、その手を押さえようとするサンジがギリギリ不思議な体勢で睨みあっていると、二人の脇から「えーロロノアくん、ロロノアくん」と芝居付いた声がかかった。

「あ?」
「ロロノアくん、あー…クラスメイトに恐喝はいけないよ」
 誰かと思えば、そこに立っていたのはウソップだった。
「別に恐喝なんてしてねぇよ。コイツが…」
 一瞬ウソップの方に目線をやった途端、サンジが勢いよく立ち上がると再び駆け出した。
「あっ!」
 今度は捕まえる間もなく、その姿は一瞬で教室を飛び出して行ってしまった。

「ウソップ、てめぇのせいで…」
 じろりと睨めば、ウソップはどこ吹く風で笑うと、隣の空いてる机に腰を掛けた。
「なんだよ、誰かに突っかかるなんてお前らしくねぇじゃん。しかもサンジだろ?アイツといつの間にお互いの家に遊びに行くような仲になったんだよお前」
 サンジって地味っていうか謎キャラだから、正直意外だった。
 そう言うウソップにゾロは小さく頭を掻くと、自分も空っぽになったサンジの机にドカリと片脚を組んで座った。
「アイツ、謎なのか」
「まぁな〜部活も入ってないし、感じ悪いわけじゃないのに誰とも親しくないし。極度の恥かしがりなのか緊張症なのか、多分そのせいなんだろうけど。でもどことなく気になってるんだよな皆、不思議と」

「あー実はな、アレだ。お前に探して貰ってた、金髪な。あれ、アイツだったんだよ」
「えっ、落とし前つけたい相手って、サンジだったのか!?」
 ウソップが目を丸くする。
「ああ…落とし前は付けてる途中っていうか、付け切れてないっていうか」
「なんだそりゃ。あれ?でもなんだよーサンジの髪って別に蜂蜜色じゃねぇじゃん。俺の情報無駄じゃねぇか!それなのによく気づいたな」
 いやそもそも同じクラスなんだからもっと早く気づけよお前の目玉は節穴か!

 面白そうにまくし立てるウソップの前で、ゾロははチッと舌打ちをしてサンジの消えていった教室の扉を睨んだ。



 * * *


「なあ」
「んー?」

「なんでお前、昼はあんな態度なんだ」
「んー」

 毎度お馴染み、夢の中。
 ゾロの隣にころんとうつ伏せに寝そべったまま、相変わらず白いシャツを1枚羽織ったままのサンジが足をふらふらと動かした。
 バタ足をするような格好に、絶妙な丈で隠れた尻がチラチラ見えそうになる。
 白い太腿につい目が行って、いやおかしいあれはグラビアアイドルじゃない、髭の生えた男だと再確認して溜息をつく。

「なんでだろうなぁ」
 組んだ腕に顎を乗せながら、サンジがゾロを見上げた。
 そしてとろり、視線が溶けるように甘くなる。
「…恥ずかしいから、かな」
「何が恥ずかしいんだよ」
「……」
 答えのかわりに、サンジはえへっと可愛い(と本人曰くイチオシの)ポーズで笑ってみせた。

 最近は体を重ねる前や後に、こうして話をする事が増えた。
 サンジが直ぐに跨ってこなくなったのもあるし、一体どういう仕組みかわからないが、最近じゃサンジがゾロの名前を呼んでも、体の動きを奪うまでのことをしなくなったからかもしれない。
 相変わらずマウントポジションを取るのはサンジで主導権は握られっぱなしなのだが、正直どっちでもよくなった。
 サンジの正体がわかり、その性格を知れば知るほどこうして話をするのが楽しくなってきたからだ。
 しかも夢の中だというのに翌朝起きても会話の内容は覚えているし、時間の感覚が違うのか、夜中の間ずっと話してる気がするのに別に睡眠時間が削られて体がいつも以上に眠さを訴える事もない。
 人間じゃないというサンジの力は、とても都合がよく出来ている。

 ひとつ不思議なのは、サンジと夢の中で抱き合っているその行為自体に、性的な生々しさがないことだ。
 気持ちのよさを感じて、行為の間は我を忘れるほど夢中になることもあるのに、終わった後はまるでスポーツの試合をしたかのように爽やかな気分なのだ。
 それもサンジのせいなのか、単なる夢の中のせいだからなのか。
 今もこうして隣あって寝そべりながら話をすれば、SEXの相手というよりは単なる親しい友人同士だ。

「……」
 ふと。
 寝転がるサンジを見ていたゾロは、その背中のラインに違和感を感じた。
 たっぷりしたシャツのせいで気づきにくいが、肩甲骨の下あたりに何か物が入っているような。
 思わず手を伸ばせば、ハッとそれに気づいたサンジが声を上げた。

「っ、なにすんだ!」
「いや、お前背中がなんか…」
 伸ばした手を、ぱっと振り払われる。
「せ、背中は駄目だ!」
「なんで」
「なんででもだ!」
 そんなにムキになられたら、気にならない方がおかしい。
 慌てて起き上がろうとするサンジのシャツの裾をむんずと掴むと、ゾロはそれをサンジの頭の方へと持ち上げ、体ごと捻るようにして床に引きずり倒した。
「ぅわぁああ!?」
 搾られたシャツに釣られるように、ずるんっと背を丸めるような間抜けな体勢で転がったサンジの、剥き出しの白い背中。
 その肩甲骨の下あたりに、黒い二つのものがぴるっと動いた。

「……コウモリ?」
「羽だよ羽!!」
 笑いたきゃ笑えよちくしょう!!そう言って頭を掻き毟ったサンジの後ろで、ゾロは目を瞬いた。
 小さなコウモリのような黒い羽根が、サンジの声にあわせるようにパタパタッと動いた。
「あ…?なんだこれ本物?つかお前の?」
 手を伸ばしてぎゅっと握れば、「いてぇ!」とサンジが身を捩った。
 柔らかく、ほんのりと温かいそれは、ゾロの指を振り払うようにぷるるっと動いた。
 
「変なのはわかってるよ。ハーフだとサイズもハーフだってか?ふざけんな!そもそも半分以下だぜ何でこんなに小さいのか俺が聞きてぇんだっての!」
 ぷりぷり怒り出すサンジに、ゾロの方が首を傾げる。
「変なのか、これ。まぁ普通の人間にはついてねーから変っちゃ変か」
「いや普通はもっと大きくて、格好よくて、悪魔だぞーって感じで」
「俺は他に見たことないからどれが普通か知らねぇが」
 小さいながらも元気よくパタパタと動くそれを、うーむとゾロはじっと見つめた。
 もう一度指先でちょいちょいっと触れてみれば、びっくりしたように羽がぶるりと震えて逃げる。
「変っていうより、なんつーか可愛いな」
「え」
「動物みてぇ」
 逃げようとするそれを指先で挟んで柔らかく撫でれば、驚いたように振り返ったサンジの顔が、何故か真っ赤になっていた。


「そいやお前ハーフって言ったか?」
「へ?あ、ああ、うん」
 もそもそとシャツを直していたサンジが頷いた。

「フランス人とか?」
「…そういう意味じゃねーよ!」
 真面目に聞いたのに、答えの代わりに蹴りが飛んできた。なんでだ。





*12へ*



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2012/12/01