KOAKUMAラヴァー 7 ------------------------------------------------------------------------------- |
(7) * * * * * 「お前だろう?俺の夢に入り込んでくる男は」 問うゾロの前で、ごくり、見下ろしたサンジの喉が上下した。 「な、何言って…ゆ、夢だなんて、そんな、ただの人間にそんなことできるわけっ…」 顔を逸らし、きょどきょどとあからさまに視線をさ迷わせるサンジの顔から、ゾロは眼鏡を抜き取った。 「なにすっ…!?」 ゾロの手を追うように、視線がこっちに流れる。長い前髪の間から覗く青い目は、近くで見るととても綺麗だった。 眼鏡は分厚い黒フレームで、今時どの店でも探すのが難しそうな古い形だ。 試しに覗き込んでみれば、硝子部分に度は入ってなかった。 「なんだこりゃ。邪魔だ」 ゾロはぽい、と眼鏡を背後に投げ捨てた。 サンジから「うぁああおにぃいいい!」とまたしても意味のわからない叫びが聞こえたが、関係ない。 「さて、どうしてやろうか」 片手で顎を掴んだまま、ゾロはじっとサンジの顔を見た。 つるりとした顎には、勿論髭なんて生えていない。 金色の髪はまとまりなく乱れてボサボサだが、でも少し目尻の下がった瞳に丸みを帯びた頬は、とても愛嬌があった。 夢の中とは言え散々抱いた相手がとんでもなく自分の好みから外れていたらどうしようと思ったこともあったが、間近で見るサンジの顔はそれなりに、いや予想以上にゾロの好みに入るかもしれない。 ゾロの視線に圧されながら、サンジがそれでも逃げようとあがく。 「だっ、第一、その夢の男が俺だなんて証拠、ないだろ…!」 「ああ、顔はご丁寧にいつも隠してたもんなぁ」 でもこうして触れてみて、肌の感じ、背丈や雰囲気や諸々全てがあの男だとゾロの本能が告げている。 夢の中とはいえ、一体何度体を繋げたと思ってるんだ。 ゾロは指先でするり、サンジの顎から首を撫でた。 サンジの肌が目に見えてビクリと震える。 「証拠はここにちゃあんと、あんだよ」 「…っ!?」 「馬乗りになったテメェの首にいっつもチラチラ見えてた、小さなホクロがよ」 テメェ自身じゃあんまり確認した事ねぇだろう。 ニヤリ、笑ってまん丸に見開かれた青い目を覗き込んだ途端、ぐらりと世界が揺れた。 「……ッ!?」 強い目眩に、目を押さえてゾロはその場に膝を付いた。 「なんだ、くそっ…」 頭を振って再び目を開ける。 視界にまず映ったのは制服の革靴だった。男が目の前に立っている。 視線を上げて見上げた先の空間、男の顔は見えない。 ――いつもの、あの夢! そして目の前の男は言葉を発する。 一言目はいつも決まっている。 『――ゾ』 その甘い囁きが落ちる前に、瞬間ゾロは目の前の男に足払いをかけていた。 「ろぉぅあぁああ!?」 ごろん、とまるで上から降ってくるように尻餅を付いて男が目の前に転がった。 白いモヤから引き抜かれたように、顔も見える。 「やっぱりテメェかあああああ!」 「ぴぎゃぁあああ!」 鬼気迫るゾロの様子に、怯えたサンジの青い目がゾロを見上げた。続いて何かを言いかけた唇を、ばっとゾロは押さえ込むように手で塞いだ。 「もんぐぁ!?」 「言わせねぇぞ…!」 口を塞いだのはほぼ本能だったが、夢の始まる前に呼ばれる自分の名前、あれが多分体の自由を奪う何かの力だったのではと今思い当たった。 仕組みはわからないが、武道をする上で精神を縛る言葉の力、言霊ともいうが、それについては学ぶ機会も多かった。 口を手で塞いだまま、サンジの体に馬乗りに乗り上げる。 初めての形勢逆転だ。 「よぅし、覚悟しろよテメェ…」 「…っ」 怯えたように、ゾロを映したサンジの青い瞳が揺れた。 次の瞬間。 「ぐふうっ!!?」 腹に物凄い衝撃が来て、ゾロはサンジの体の上から吹き飛んだ。 変な声と共に、肺に詰まってた空気が全部抜けた。 体がくの字に折り曲がり、そのままごろごろと地面を転がる。 「っ、が、は…ッ!?」 苦しさに腹を押さえた先、ゾロを蹴飛ばす形で跳ね上げられたサンジの足が見えた。 まさか足技で来るとは。しかもそんな力を隠し持っているとは。 「こんの、やろう…!!」 怒りの篭った目で見れば、サンジがひっと息を飲んで竦みあがった。青い目がじわりと涙で滲んでいる。 まるで泣きそうだなと思った瞬間、サンジは拳を握って立ち上がった。そして。 「ろ、ろろのあの変態いいいい!!」 「あ?なんだと俺のどこがっ…てめ、待てっ…!」 全力で叫んだサンジは、そのまま立ち上がるとくるりと背を向けて逃げ出した。 追いかけようにも、腹が震えて立ち上がれない。 さっきの蹴りはそれ程の衝撃だった。 「くそっ…!」 金髪の後ろ姿は見る間に小さくなり、まるで溶けるように白い霧の奥へと消えていった。 「……ッ!!」 はっとゾロが目を開けたそこは、さっきまで居た屋上だった。目の前に広がるのは青い空。 キーンコーン、と昼休み終了のチャイムが鳴っている。 むくりと起き上がるが、当然辺りにサンジの姿はなかった。 しかし代わりに、足元には少しだけ欠けたハンバーグの入った、手付かずの弁当箱が転がっていて。 「……」 ゾロは近くに落ちていた箸を拾って制服の裾で拭くと、胡坐をかいて弁当箱を手に取った。 条件反射で小さく手を合わせると、そのまま冷めてしまったおかずにかぶりつく。 「……うめぇな」 もぐ、と頬に弁当を詰め込みながら、ゾロは不敵に笑った。 「…絶対に逃がさねぇぞ」 |
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