KOAKUMAラヴァー 3 ------------------------------------------------------------------------------- |
(3) * * * * * 「…くそ」 剣道部の更衣室。 胴着を着た状態でベンチに腰掛、ゾロは低く呻いた。 竹刀を握る左腕を、右手で抑える。 けれどズキン、ズキンと湧き上がってくる痛みは静まりようも無い。 スパンでは、今晩辺りそろそろ夢を見る頃だった。 調子の悪さを仲間に悟られないうちに、用事があるからと早々に練習を切り上げて帰ろうとしたのだが、運悪く顧問の先生に呼び止められてしまった。 聞けば推薦枠を貰っている体育系の大学から、教授が視察に来ているらしい。 ゾロの腕前を見て見たいと言っているから、模擬試合をしてくれとのことだった。 お前自身も来年は推薦を狙う立場になるんだから、気を抜くなよ。そんな含みをされれば、逃げるわけにもいかない。 けれどこんな状態で試合なんて出来るわけが無い。 もしかするとやはり治っていない事がばれて、今後の試合参加すら止められてしまうかもしれない。 痛みはともかく、せめて震えだけでも止まれ。 奥歯を噛み締めながら腕を押さえる右手に力を込めたところで、ガタン、と更衣室の外に誰かが立つ気配がした。 ふ、っと顔を上げる。 その途端、まるで目眩のようにくらりと視界が回った。 『ぞろ』 自分を縛る、甘い声。 気づけばそこは部の更衣室ではなく、白乳色に包まれたどこかの空間だった。 (な……) 自分は寝ていない。 けれどこれは、いつも夢だ。 突然のことに驚くゾロの前に、すっと、どこからともなく男が現れた。 ゾロの正面から太腿に両脚を掛けて跨ると、腕がふわりと首に回された。 男は今日は、上下とも制服を着たままだ。やはり同じ高校の制服だ。 『今日は時間がないから、こんだけな』 どこからか甘く落ち着いた男の声が聞こえ、くい、と顔を上げさせられる。 (……!) ゾロはハッと息を飲んだ。 いつもは絶対に見えない顔。 その口元だけが今日、はっきりと現れていたからだ。 小さく笑う、薄いけれど滑らかな唇。 そしてその下にふわふわと生えている、特徴的な顎髭。 それから顎の裏に、あれは。 一瞬の映像を焼き付けるように目を見開いていたゾロの口に、ふわりと男のそれが重ねられた。 「……!」 初めて触れた唇は予想通り柔らかく、コロンのような不思議な男の香りがした。 この男とキスをするのは初めてだ。 勿論、ゾロにとっては男とキスをする事自体が初めてだ。 けれど不思議と嫌悪感はなかった。 夢で散々体を繋げておいて今更だろうが、ゾロは薄く唇を開いて男を受け入れた。 許しを得た舌先が、するり、ゾロの中に侵入してくる。 薄くて暖かなそれをゾロが捕まえ、より奥へと引き込んでやった。 男と溶け合ったそこからは不思議な甘さが流れ込み、じんわりと体の奥を満たしていく。 それと同時に、あれほど脈打っていた腕の痛みが、すぅっと引いていくのがわかった。 気持ちよさに、もっと貪欲に男の舌を啜ろうとすれば、男の手がとん、とゾロの胸を押した。 名残惜しさを残し、唇が離される。 離れていく白い首筋から、サラリと金の髪の襟足が見えた。 『今日はここまでだ、マリモちゃん』 くすくすとした笑い声に、完全にコントロールされて手も足も出ない苛立ちがぶわっと膨れ上がった。 今日は状況が違うせいか、いつものように手足を動かせないわけじゃない。 「お前ッ……!」 するりと逃げていく男を捕まえようと腕を伸ばしたところで、カラン!と手のひらから零れた竹刀が床に倒れ、乾いた音を立てた。 それにハッと目が覚める。 そこは先ほどまでと同じ、更衣室のベンチの上だった。 勿論、狭い部屋には他に誰の姿もない。 「…畜生!」 ゾロは立ち上がると、目の前の引き戸を叩きつけるように開けて外に飛び出した。 途端「わッ!?」と声がして、飛び出したゾロの横から誰かがぶつかった。 ドサッと手に持っていたらしい鞄が足元に落ちる。 「っ、悪ぃ」 咄嗟にそれを拾い上げ、そして慌てて辺りを見渡すが、そこにはもう人影もなかった。 はぁ、と小さく溜息をついて、そして思い出したように手に持っていた鞄を横の人物に渡す。 「ほらよ」 「あ、ありがとう」 蚊の鳴くような小さな声で言ったのは、よく見れば同じクラスの男だった。 手入れのされていない金色の髪をボサボサに垂らして、黒ブチの分厚い眼鏡を掛けた、常に俯きがちな存在感の薄い男だ。 長い前髪と眼鏡のせいで表情がよくわからないせいもあるが、どこか暗い印象があって、ろくに話したこともない。 名前は確か…。 ゾロが思い出すより先に、男は受け取った鞄を抱え込むと、そのまま逃げるように走り去ってしまった。 「金髪…」 小さくなっていくその丸い金色の髪を見て、ゾロはふと、先ほどの夢の男を思い出した。 ああいうくすんだ色じゃない。 初めて見た男の髪は艶やかで、まるで蜂蜜のように美味そうな色だった。 |
|