携帯電話  (中編)
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「アァ?!お前ゾロの知り合いか!?」
 ぴたっと足を止めて携帯に向かって叫べば、相手は心なしか震えるような声で尋ねてきた。
『お前、誰………クソ眉毛…?』
「てめぇにクソ眉毛とか言われる覚えはねぇよ!」
 何なんだ、とぶつぶつ言いながらゾロも足を止めてサンジの脇に立った。
 ゾロが知ってる野郎なら話が早いと電話を代わろうとしたサンジの耳元で、男が呟いた。
 
『なぁ、もしかしてお前、サンジ、とか……言わないよな?』
「……俺の名前まで知ってんのか」
 一体コイツはどこのどいつだ。
 憤りもそのままに低く唸れば、相手が驚いたように息を詰めた。
『3月2日生まれ、肉親はレストラン経営のジジィが一人。小さい頃の喧嘩相手は兄弟代わりのパティとカルネ?』
「なっ……」
 突然身の上を言い当てられて、今度はサンジが声をなくした。
『高校卒業後、調理専門学校に入学。一番の楽しみは昼休み、近所の女子大に居るナミさんにお菓子を差し入れる事…違うか?』
「……一体どこで調べやがった」
 自分のことだけならまだしも、ナミの事まで言い当てられると気味が悪い。
 いつも自分の行動を見張られていたのだろうかといぶかしんだサンジの耳元で、男は更に続ける。
『今でも忘れられない言葉は…――ジジィから言われた『風引くなよ』?』
 その言葉にサンジは一瞬息を飲んだ。
 
「……ッ!…お前…いったい」
 それはサンジが家を飛び出したりと、ひと悶着あった頃の出来事だ。
 誰も知らないはずの言葉。何よりその重みはサンジの心の中でしかわからない事。
 サンジの反応を聞いて、電話向こうの男は小さくため息をついた。
 
『やっぱりお前、サンジ……なんだな。信じられないだろうが…俺だってまだ訳わかんねーけど…あのな』
 ごくりと鳴ったのはどちらの喉だろうか。
 
 
『俺も多分、お前と同じ、サンジだ』
 
 
 
「……はぁ?」
 思わず気の抜けた返事をしたサンジの耳で、男が乾いた笑いを漏らした。
『そりゃ信じられないだろうけど、そうとしか考えられねぇ。ここはジジィと暮らす俺の自宅に間違いねぇし、今言った事も全部俺自身の事だ』
「んな……馬鹿な」
『だよなぁ、でも試しに自分にしかわからないだろう事質問してみろよ』
「……じゃあ…」
 
 朝顔を洗う時の癖、ジジィのよさ毛の寝癖の付き方、幼い頃の初恋の相手の名前、それからゾロとの因縁、などなど。
 互いに質問を出し合って答えあった結果、そのどれもが正解で。
 僅かな時間の間に、サンジは電話の向こうの相手もサンジ自身なのだと納得せざるを得なくなってしまった。
 
 
「はー……なんか、こういうの映画でありそうだな…パラレルワールドっての?あ、そういやお前、歳は」
 一体これはどんな夢だろうか。
 今ひとつ現実味のないまますっかり打ち解け、ゆったりと道を歩きながら尋ねれば、相手も気が抜けたように笑う。
『今20。お前は?』
「俺も20。…ていうか、今日って何月何日」
『8月31日だな』
「あれ、日付まで一緒なのか…てことは、じゃあ俺ら一体何が違うんだ?さっき聞いた限りじゃまったく同じ生活環境だよな。今自宅向かってるんだけど、このまま行った先でお前と鉢合わせしたらどうしよう。こえー」
 
『……あのな』
 ふ、と向こうのサンジの声が沈んだ。
「うん?」
『多分、俺とお前、一個だけ……違う』
「え?」
『お前今そこに…ゾロ、居るんだろ……?』
「え、ゾロ?」
 目線で振り返れば、事情のわかってない仏頂面がサンジを睨んだ。
「ああ居るけど…相変わらずクソ怖い面してるぜ」
 ニヤリとしたサンジに、電話の向こうの声はどこか寂しげに笑ったようだった。
 
『俺の傍には今……ゾロは、…居ないんだ』
「え……」
 
 一瞬、時が止まったような沈黙。
 真上から降り注ぐ太陽の下、思い出したような蝉の鳴き声がサンジの耳に届いた。
 
 





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09.09.01