それぞれの事情 |
真っ青な空に白い雲。 実にさわやかな風の吹く、メリー号の後方甲板。 さんさんと日の光が降り注ぐ中、左手にトレイを掲げた男の金髪がぴかぴか光っている。眉毛がくるりと巻いたその男はガンくれたようにゾロの目を見て、 「俺、一昨日から抜けてねぇんだ」 おもむろにそうのたまった。 乗せていたドリンクの氷がカランと涼しげな音を立てる。 「…あァ?」 唐突に告白してきたサンジにピクリと方眉を上げて、ゾロはバーベルを振る腕をぴたりと止めた。 19歳の野郎同士、真昼間から交わす内容としてはちょっと不適切だが『抜く』とういのはそりゃまぁアレな意味だろう。 「てめぇはそういうことねぇの?」 ゾロの目から見て奇妙な行動の多いサンジであるが、真っ向からこんな質問をされたのは初めてである。しかもまだ日も高いうちから。 その真意を測りかねるように、ゾロはしばしサンジのぐるっと眉の巻いたアホっぽいその顔を見つめた。 普段ゾロがその手の話を振れば「レディの前で」等ぎゃんぎゃん文句を言われた挙句猥褻物扱いされるのがオチだというのに。 そういえば女共は日差しが強いから部屋にいると、昼食の後言っていた気がする。だから構わないということか。 「……いや、俺は毎晩抜いてスッキリだ」 「だろうなぁ……いいよなテメェは単純で」 少しの沈黙の後答えたゾロに、サンジはふうと重い溜息をついた。トレイを床に置いて手すりにもたれるその動作はどこか気だるげだ。 いつものシャツから覗く肌が妙に白く見えて、ゾロは慌ててバーベル上げを再開した。 「ウソのヤツによく抜けるっての貰ったんだけどよー……全然効果ねぇし」 サンジは青い海に向かってぷかぁと咥え煙草から煙を吐いた。 それはそうだろう。17歳でいかにも童貞くさいウソップが持っているエロ本なんてたかだかレベルが知れている。 しかしそれをわかっていながらウソップにまで持ちかけるとは、余程切羽詰っているのだろうと、ゾロはサンジの揺れる金髪に目をやった。 なかなか島にも寄れず長い航海が続けば、そりゃ健康な体だ、溜まるもんは溜まってくる。 それを男性クルーは(もっとも性欲が全て食欲に吸収されてしまったような船長と純真無垢っぽい、というか発情期がまだっぽいトナカイはノーカウントだが)島で仕入れた数少ないオカズで慰めるのが常なのだが、同じ写真を眺めていればそれも数日で見飽きてしまってすぐに興味がなくなる。 自分の記憶や妄想にだって限界ってもんがあるのだ。それをわかっているゾロはぐったりしているサンジをちょっと憐れな目で眺めた。 馬鹿にしているわけではなく、同い年の男として、そのやりきれない気持ちがわかるからだ。 きっと気持ちよく抜けなくて悶々としているのだろう、サンジの目元はどこか疲れたようにほんのりと赤く、声だっていつもより少し掠れて聞こえる。 ぼんやり見ていると、青い瞳がくるっとゾロを見あげた。 口の端が少し持ち上がっている。これは良くないことを考えているときの顔だ。 「なぁなぁ、てめぇ実は秘蔵のモンなんか持ってんじゃねぇの?」 「持ってねぇよ」 バッサリと切って捨てたのに、サンジは食い下がった。 「じゃぁてめぇはどうしていっつもそんな涼しい顔してやがるんだよ」 こてん、とサンジが手すりについた腕の上で首を傾げた。 シャツの襟足から覗く白い首筋に、再びゾロのバーベル上げが止まる。 ……白い。 日に焼けてない肌はちかちかとゾロの目を眩ませる。首筋からつつっと胸元、ボタンを2つ開けたシャツの中へと視線を滑らせたゾロの喉がごくりと鳴った。 (……てめぇの存在自体が俺にとっちゃ日々新鮮なオカズだからだ……!) そう叫んでやりたいのを、ゾロはぐっと飲み込んだ。 代わりに、こめかみにぴきっと青筋が走る。 そうなのである。 メリー号随一の強面、陰で日曜日の使えない親父とまで言われているゾロは、随分前からがっつりばっちり、この船随一の働き者でガラが悪くなんだか眉毛のおかしな戦うコック、サンジに惚れていたのである。 それは勿論性欲込みのお話で、いつから惚れてたのかはよく覚えちゃいないが以来抜くのもサンジオンリーだ。 普段の何気ない仕草を脳内で反芻して、ちょっぴりそれにオプションとかつけたりして、そらもうえらい脳内妄想を繰り広げていたりする。 最近じゃ随分妄想にも磨きがかかり、ゾロはエロ本など買わなくとも脳内のサンジだけで充分処理できていたのだ。 虚しいというなかれ。サンジのことは仲間としても充分大事だと思っているからこそ、一線を引いて譲歩してやっているのだ。 ……というのは建前でしかなく、ゾロとしては単に時機を伺っているだけであるのだが。 女好きなサンジである、きっと正面からストレートに突っ込めば思い切り海の彼方まで蹴り返されるのがオチだ。 そういなる前にちょっとでも「サンジの内心良い人ランキング」のポイントを稼いでおこうと、買出しを手伝ったり倉庫の食材を取ってきてやったり、たまに同じ手伝いに立候補している小さなトナカイを凶悪な笑顔で黙らせてはその座を奪ったりしている。 実は結構心のちっちゃいゾロであったが、必死な本人は気づいていない。 というか大きな夢を抱えてるんだから、多少の小ささがなんだ、と訳の解らないこじつけをしていたりもする。 しかし勿論、サンジはそんなゾロの気持ちに1ミリだって気づいてはおらず。 目の前に実物がうろちょろしているのに手を出せないのは、ゾロとしては結構キツい。不意打ちにサンジが全開の笑みを見せた日なんて、そりゃもう堪らない。 それらをどうやって抑えて宥めてやり過ごしているかというと。 「……鍛錬の成果だろ」 「あ?なんだそりゃ。筋肉とこれとは関係ねーだろ絶対」 忍耐力と精神力の問題だと言いたかったのだが、サンジの目が途端にすわった。 「んだよ、教えてくれたっていーじゃねぇか。……ケチ」 ちょっと拗ねたように口を尖らせ、ゾロを見上げる。 その仕草に、ゾロの脳みその端っこの方が瞬間沸騰した。煮えたった。 いや煮えたっていうか、どっかから何かが出た気がする。 「……そんなに知りてぇか」 「なんだやっぱりあるんじゃねぇか!勿体ぶらずに教えろよクソ剣豪め!出し惜しみしてっとますますハゲんぞ」 途端にぱっと嬉しそうに顔を上げたサンジに、ゾロはバーベルを床に置くと低く唸った。 「…ハゲてねぇ。よしわかった……そこまで知りてぇなら教えてやる」 「おう!」 「まずここに座れ」 「……?おう」 ギラリと目を光らせたゾロに気づかず、サンジは床にぺたりと座り込んだ。 「こいつは邪魔だな、はずせ」 「お?おう」 言われるがままにネクタイを外して床に置く。 「シャツも前を開けろ。そんでそうだな…ズボンは邪魔だ。それも脱げ」 「あぁ?なんで脱ぐ必要が…」 「ごちゃごちゃウルセエ!するのかしねぇのか、はっきりしろ!」 今のゾロを見たらそこらの海賊なら泣いて逃げ出すかもしれない。それほどに殺気を放った顔は青筋浮きまくり、目は血走っていてとにかくヤバイ。 サンジはその気迫に押されるようになんだか訳もわからぬまま、ベルトを外すとボトムを取り去った。青いベーシックな模様のボクサーパンツ一枚になる。 ゾロ相手に変な格好であるが、修行であるならしょうがない。そういえば鍛錬する時ゾロは決まって上半身裸だった。こういう流儀もあるのだろうと、サンジは少し迷って履いていた革靴も脱いだ。靴下はわからないのでそのままだ。 いつになく本気モードっぽいゾロが何も言わずに見つめてくるので、サンジは促されるままシャツのボタンも外し始めた。 少しずつ開かれていく白い肌に、ゾロの喉がごくりと鳴る。 「…こうか?」 下まで外し終えたサンジが、次はどうすんだとゾロを見上げた。 なんの警戒も抱いていない隙だらけの様子は、まるで襲ってくださいといわんばかりの据え膳だ。 下から上まで、熱い血が巡ってゾロはもう噴火寸前だった。 (そういや俺はどうしてコイツに迫るのを我慢してたんだっけ…?) なんだかもうそれすらどうでも良くなって、ゾロはサンジをがばーっと押し倒した。 「も、もう無理…でねぇ…、ひ、ァ…でねぇって…!」 みかん畑の下、壁に押し付けられた状態でくったりとなったサンジが息も絶え絶えに叫んでいる。 先ほどからもう何度、ゾロに追い上げられ達したかわからない。 肌は桃色に染まり、赤く染まった目尻には涙さえ浮かんでいる。向き合った互いの体の間で、先ほどからうごめいているのはゾロの太い腕だ。 今自分のモノとは明らかにサイズも色合いも違うモノが、ゾロのごつい手に一緒に握り締められている。くちゃくちゃと響く水音に、サンジの頬は赤く染まる。 「ぃ…あッ、や、テメェそこやめ…っ」 ゾロも額に汗をにじませながら、互いの放った液体でぬめるそこを上下する手に力を込めた。 体を引きずるようにゾロから離れようとするが、ガクガクと力の入らない体では思うようにいかない。 抗うそぶりを見せるとさらに強く性器を擦りあげられて、サンジはひっと喉を反らした。 「こんだけたっぷりヌいときゃ、しばらくは困らねぇだろ」 「ちが…ぬ、抜くの意味が、違ッ……」 「あークソ、テメェたまんネェな」 「…ァ…ッ死にやがれデコミドリ…ッ!」 睨み上げたサンジの姿は、逆にゾロを喜ばせるだけだったらしい。 「その気が強ぇトコにも惚れてんだ、俺ぁ」 「…ハァ!?ぁ、ぅあッ……ァあ、ア――……ッ!」 何か衝撃の告白を聞いた気がしたその瞬間、二日酔いの重い体は幾度めかの絶頂を余儀なくされ、サンジはそのまま言葉の通じない男の腕に悔し紛れの爪跡を残すと意識を手放したのだった。 |
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