いたずら
-------------------------------------------------------------------------------



「……なんだ、これ」
 それに最初に気が付いたのは、上陸中の船の中でだった。
 港近くの朝市への買い出しに便利なので、サンジは見張りも兼ねて船に寝泊りしていた。
 クルーは各々島の中で自由に行動していて、ここ数日ほとんど顔を合わせていない。
 顔を洗い終えて髭をチェックしている途中、鏡の中に映る自分の左の首筋に黒い痣のようなものがあったのだ。
 手についた水でゴシゴシと擦れば、少し薄くなる。
 ゴミのような、何かをぐしゃっとペンで走り書いたかのような。
「……?」
 しかし昨日の行動を思い返してみても、そこが汚れるような事は何もなかったと思う。
 強く擦れば、少し肌が赤くなった所でそれは綺麗に落ちた。


 * * *


「……あれ」
 次に気づいたのは、市場で買い物を終え、とりあえず夕食用にと手で抱えてきた食材を船の冷蔵庫に詰め終えた後だった。
 明日に控えた出航を前に、順次クルーは戻ってきていて、まだ姿を見せないのは船長と剣士の2人。
 シンクで野菜を洗っていたら「サンジくん、何か付いてるわよ」とキッチンで海図を広げていたナミさんに首元を指差された。
 手を拭き、とりあえず最寄りにあるチョッパーの医務室に入ってそこに常備してある鏡を見てみれば、やっぱり同じところに汚れが付いている。

「まさかあいつら、また…」
 以前男性クルーの間で寝ている間の落書きが流行って、サンジも一度恩恵を受けてしまったことがあるのだ。
 あの時はトレードマークである眉毛と髭をぐるっと繋げられた。思い出してきたら今でも腹が立つ。
 が、しかし。
 今日の朝までここ数日は、男部屋にはサンジしか居なかったのを思い出す。

「??」
 一体なんだろう。
 首を傾げながらキッチンに戻れば、掛け時計がそろそろ昼を示そうとしている。
 サンジは慌てて食材を手にとると、大きな鍋を火に掛けた。
 汚れは後で洗えばいい。とりあえずは数日ぶりにお会いできた我が女神を空腹のままお待たせするわけにはいかないのだ!

 * * *

 ふんふんと鼻歌交じりに肉を炙っているところで、キッチンの扉が勢いよく開いた。
 今日は珍しく昼飯に間に合ったな、よしよし。
「めーーーしーーー!」
「あと少しだ!…って待て待て!」
 全力で飛び掛ってきたルフィから鍋を守れば、たっぷりのボンゴレパスタに野菜スープとチキンソテーがどれも鍋から飛び出しそうに揺れた。
 勢い余ったゴムの腕はサンジの胴体に巻きつき、羽交い絞め状態で背中から首を覗かせたルフィがサンジの首元でヨダレをたらした。
「腹減ったよー…とりあえず俺サンジでもいいから食わせて」
「いやお前なんだ俺でもって!ちょ、待て!」
 慌てるサンジにかじりつこうとしたルフィは、しかし大きく口を開けた途中でふと何かに気付いたようにちぇーっと口を尖らせた。

「なんだぁ、これゾロのかー」
「…あ?」
 思わず肩口のルフィを見やれる。
「どういう意味だ」
「ん、ゾロのは食べちゃ駄目なんだ」
「…なにを」
「だから、オヤツ。こうやって目立つとこにゾロのしるしの書かれたモンはゾロのだから、内緒で食ったらひでぇ目に合うんだ」
 食い物のことでこれほどルフィが譲歩するということは、よほど酷い目に合わされのだろう。
 っていやそうじゃなくて。
 …ゾロの、しるし?

 カアァ、と頬が染まった。
「いやまだ俺はアイツんじゃねぇよ!?」
「……まだ、ねぇ」
 そういえばキッチンのテーブルにはずっとナミさんがいらっしゃったんだった。
「いや、違ッ…」
 ニヤリと笑う彼女から慌てて視線を逸らせば、ルフィが盛大に溜息をついた。

「さんじー腹へったー。俺もうゾロのでもいいから食っちまいそう」

「いやそれはどういう意味…ちょっ、待てルフィ!!」


 ぎゃああぁとキッチンから聞える悲鳴にゾロが扉を開けてみれば、半裸に剥かれた食べごろサンジが床に押し倒されていたとかいないとか。
 それはまた、別の話。



 ちなみにゾロ曰く。
 山の中で修行中、夢の中で何度も現れる美味そうな白いモンがあり。誰かに奪われないようにせっせと自分のしるしを書いていたんだとか。
 不思議な島もあったもんだ。まったく。

 ゾロの手で半分どころか全部剥かれてしまった、それはどこかの島の夜。
 サンジは赤い顔で、寝物語に聞いたゾロの話に唇を尖らせながら煙草をふかした。


ENDv








-------------------------------------------------------------------------------

12.11.11