ある社食の風景
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 キーンコーン……
 軽やかな高音のチャイムが社内放送で鳴り響く。
 久しぶりに昼前に営業先から戻って来ていたサンジは、たまには社食でも食べるかとその音と同時に大きく伸びをして席を立った。
 普段は営業という役職柄昼前には既に本社を発ってしまうので、昼飯は営業先に行く途中でとったり客相手と一緒に取ったりするのが常なのだ。
 社食は値段も破格で、それでいて味も結構美味い。営業先で社食を口にしたこともあったが、不味い所はホントに不味い。だからサンジはわりと本社の社食が気に入っていた。
 エレベーターを使い、フロアの各部屋からぞろぞろと流れ出してくる人波と一緒に下へ降りる。
 その途中で、サンジは目の前を歩く緑頭を見つけてにんまり笑った。
 同じ営業職についている同期のゾロである。ゾロがこの時間帯に本社にいるなど、やはり珍しい。
「よぅ」
 隣に並んで声を掛けると、ゾロは眠そうな目を開いてサンジを見てニっと笑った。
「おう、珍しいな。客からクレームくらって追い返されたか」
「あぁ?そういうテメェこそ客捕まえ損なって暇なんじゃねぇのか」
15階建てのこの会社の社内食堂は2階のフロアを丸々使っていて、厨房に取られるスペースを除いてもかなりの座席が用意されている。
 他のフロアとは違い四方の壁は上から下まで一枚のガラス窓になっていて、近隣の風景を一望できるようになっていた。
 しかし流石はお昼時、弁当持ちや駅前の店を利用する少数派以外このビルにいるほとんどの人間が利用する食堂である。既に中はトレーを抱えた社員で溢れていた。
 サンジは入り口に張ってあるメニューを見据えながらチっと舌打ちした。
「新メニューが結構あるじゃねぇか……あのオヤジめ、俺の居ないすきに…」
 ちなみにサンジは祖父の店を継いで料理人になるべくバイトをしていた所を、社長が目をつけて強引に入社させたらしい。あと2回ボーナスを頂いたら辞めてやると豪語している。どこまでが本当なのか知らないが、料理の腕が確かなのはゾロも知っていた。ちょくちょく社食の厨房に出入りしては料理長と喧嘩まがいにじゃれあっている。
 ちなみにゾロも通称鷹の目と呼ばれるここの社長――現在名実共に世界で1番の剣の腕を持つミホークからいつかその座を奪い取るべく入社したのだが、あの社長の底知れぬ眼圧を見るにつけ、サンジの言う事も嘘ではないのだろうと思う。
「おいお前今月限定A定食にしろ。俺はB定食にする」
 トレーを抱えてぼんやりしている隙に、サンジがさっさと棚から皿を取ってゾロのトレーに乗っけていた。よほど新メニューの味が気になるらしい。ゾロはひょいひょい乗せられるそれらを黙って受け止めながら、なんだか生き生きしている金髪をみて笑いを漏らす。
「おい飯は大盛の方な」
「わかってるっての」
 さくさく会計を済ませて、手近な4人用の席に向かい合わせで座った。席はどこもかしこもいっぱいなのだが、ものの10分もあれば食べ終わってしまう男性社員のグループが大半なので回転は早いのが特徴だ。
「むッ」
 定食のスープを一口飲んで、サンジが眉をしかめた。サンジのトレーはとろりとしたあんかけソースの掛かった魚のフライを中心に、サラダと煮物、ご飯にスープと洋食仕立て。ゾロの方は赤味がかったソースに巻かれた鶏肉を中心に、根菜類の煮物と豆腐、ご飯に味噌汁と和食仕立てである。
 サンジはちまちまと皿の上の色んな部分のソースや汁を舐めては、眉をしかめたり頷いたりしている。
「おいマリモ、そのソース食わせろ。ついでにその鶏肉も。あのオヤジ知らないうちに新しいソース開発してやがる」
「アァ?じゃ代わりにてめぇんとこのその魚寄越せ」
 ゾロはやわらかい鶏肉を一口大に割ってソースを絡めると、ほらよ、と箸でサンジの口に持っていった。それをパクリとほお張ってもぐもぐしながら、サンジもゾロに向かってスプーンに乗っけた魚を差し出してくる。
 それを大きな口を開けて待ち構えてパクリとした途端、隣のテーブルから「きゃぁッv」と浮かれた悲鳴が上がった。
 聞き覚えのあるそれに目をやれば、長い水色の髪をポニーテールにしたビビが興奮したように顔を赤らめて目を輝かせていた。向かいに座るのはオレンジ色の髪をしたナミ。互いに同じ部署の同期である。
「あんたらここ社食だってこと忘れてんじゃないでしょうね?そういうことは家でやんなさいよ」
 ナミがデザートを口に運びつつ、含み笑いをした目線でこっちを見やった。
「きゃッvナミさんそんな家でだなんて、大胆v」
 ビビは何故かますます嬉しそうに騒いでいる。
「あ?」
 ゾロはもぐもぐと口の中の魚を咀嚼しながら首を捻った。そういうこととはどういうことだ。
 そのまま次の料理を取ろうと目線を戻したら、泣きそうになっているサンジの青い目とぶつかった。こっちに差し出したスプーンもそのままに、サンジは首まで真っ赤になって心なしかぷるぷる震えている。ゾロは再び「あ?」と首を傾げて自分たちの体勢を省みた。
 クロスカウンターならぬ、たがいに「はい、あーんv」させている状態。……それは確かにお昼の社食にはふさわしくない光景だろう。どこぞの新婚さんが家でいちゃこらやりそうなポーズを、野郎同士で実践しちゃっている。
「あー……」
 ゾロはようやく合点がいって、頭を掻いた。しかし他人からどう思われようが知ったことじゃないので、真っ赤に震えるサンジの頭をよしよしと撫でると、再び箸を薦めた。
 隣でビビの更なる歓声があがり、ゾロの行為に更に真っ赤になって言葉もなく打ち震えるサンジがぎこちなく食事を再開する頃には、軽やかなチャイムが再び鳴り響いていた。
 
 
 さてそれから数日後。
 サンジは社食に向かう緑頭を発見して、さりげなく隣に並ぶと声を掛けた。
「よう、営業に行く相手も尽きたのかマリモマン」
「てめぇこそもっと顔見せに回んねぇと愛想つかされるんじゃねぇのかアヒル」
 互いにニヤリと笑い合い、人波を縫ってトレーを取って列に並んだ。
 互いに好きなおかずを取り、ゾロはもっと野菜を食えとサンジに他の小皿を乗っけられつつ、会計を済ませた。
 さてどこが空いているかと座席を見渡したゾロを、隣のサンジがクイと引っ張った。
 きょろきょろと何故か左右を見渡し警戒するようにして歩く金髪頭の後ろに大人しくついて行くと、そこはフロアの隅っこにある、窓に面したカウンターの席だった。
 どうも前回のナミとビビに目撃された一件がえらくこたえているらしい。こそこそと隠れるように移動するサンジに苦笑をもらす。
 サンジと並んでスタンド式の椅子に腰掛けると、窓からはすぐ近くを走る高架道路とその向こうに広がるビル郡が見渡せた。
「へぇ、2階の割には結構開けた風景が見えるもんだな」
 感心しつつ料理を口に運ぶゾロに対して、どこかほっとした様に緊張を解いたサンジが笑うと、同じく今日のメイン料理フォークを刺した。
 ゾロにしてみればこのアホっぽい笑顔全開の金髪頭が視界にいればどんな席だろうが誰に見られていようがどうでも良いのだけれど、それを言うと蹴り飛ばされるのがオチなので。サンジの選んでくれた小鉢の惣菜を黙って口に放りこんだ。
 
 
「あれで隠れてるつもりなのかしら……」
 並んで窓の外を見る金色頭と緑頭の後姿を遠くから見ながら、手元の白い陶器にスプーンを刺し入れてナミは呆れた溜息をついた。
 今日のデザートは木苺のムース。口に溶ける甘酸っぱさがなんともおいしい。
「いいじゃないですかナミさんv絵になりますよ〜v」
 目の前できゃらきゃらと騒ぐ、ゾロとサンジの絡みが大好きらしい(聞けば単純にホモが好きとかではなく、2人限定らしい)ビビが手にするのはブルーベリーのゼリー。
 昼休みも20分を過ぎれば食堂内に残っているのは仕事の手が離せなくて来るのが遅くなってしまった者や混雑時間を避けて来た者、またはおしゃべりしつつデザートタイムに入っている女子社員くらいで、随分座席に空きが出てくる。4人席がいくつも空く中、わざわざフロアの隅っこの窓際にネクタイ締めた男が2人並んで座る姿はとてつもなく悪目立ちしていた。
 元来窓際に座るのは、大きなテーブルが埋まっていて席につけなかった1人きりの社員くらいなのである。
 サンジは丸い頭をふらふら揺らして、何やら嬉しげにゾロに話し掛けている。
 そして時折目元を緩めてはサンジを見るゾロ。
 その姿はまるで展望ラウンジで夜景を楽しむカップルのようだった。




*END*


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職場の社食で窓際にならんで座るリーマンがね、いたんですよ。
その後ろ姿はまるで夜景を楽しむ恋人同士のごとく…
ていうか他にも席いっぱいあいてるのに、どうしてそんな隅っこの席でラブってるんじゃ!と思って妄想したのがきっかけですハイ。
ちなみに「あーん」は女同士でも羞恥心があったりしませんか。