蜜箱の日々。 |
ガーリックと野菜を軽く炒めたものと、冷蔵庫に残っていたチーズにハム。それから缶ビール2人分を抱えてキッチンから戻って来て見れば、ベッド脇の棚の奥を緑頭のゴツイ男がごそごそ漁ってやがった。 「何してんだ。勝手に散らかすんじゃねぇよ」 黒いスーツに赤いシャツ、胸元には金色の鎖。 ほんとお前いつの時代のファッションだと言いたくなるくらい見るからに堅気じゃないそいつは、俺の方を振り返りもせずに中から数本の平たい黒い箱を取り出した。 それが何かわかった途端、俺は塩の塊を噛んだみたいに顔をしかめた。 「見てねぇのか」 そいつが手に取ったのは、DVDのパッケージ。どれもこれも未開封のままだ。 「当たり前だ。誰が見るかそんなクソ映像」 パッケージを見るのも嫌に決まっている。 そいつが取り出したそれらは全部、ばりばりの18禁裏ビデオ。 だけどそこに写っているのはエロ可愛い女の子でも色気たっぷりのお姉さまでもなく、あり得ないことに全部自分なのだ。 あられもない姿で色んなところ剥き出しで、とてもじゃないが正気で直視できるわけがない! けどそんな映像、うっかり生ゴミと一緒に出して、万が一何かのハプニングで誰の目に触れるとも限らない。 だから無闇に捨てるわけにもいかなくて、仕方なく棚の奥に仕舞っていたのだ。 「良く撮れてると思うがな」 「死ねクソ野郎」 苛立ちと共にもってきたツマミとビールをテーブルに叩き置いて、そのまま自分の分の缶を開けると一気に流し込んだ。 畜生、折角のビールがえらい不味くなった。 「はっ、しかし世の中には物好きも居るもんだな。可愛い女の子じゃなくてぺったんこの野郎じゃないと抜けねぇなんて、むしろ哀れだぜ」 売れ行き好調? なんてヤケクソで聞けば、返って来たのは意外な言葉だった。 「別に売ってねぇ」 「え」 ごきゅ、とビールが喉を通り抜ける。不味いどころか味もしなくなった。 「…え?なんで」 一応この変態ビデオの出演料や売り上げも、俺の借金の返済の一部に充てられてんじゃねぇの。 ジジィの入院してる清潔で真っ白な個室も、すやすや寝てるベッドの綺麗なシーツも、みんな全部俺がぐちゃぐちゃに汚れた体で稼いだ金で賄われてるなんて、すげぇ皮肉だなって内心笑ってたのに。 え、どういうこと。 何から聞いていいやら軽く混乱しているうちに、気が付けば俺の体は狭い床に横たえられて、開けられたシャツの首筋にちゅうちゅうとクソ緑が吸い付いていやがった。 「あっ、クソ、てめ…ビール温くなんだろうが」 抗うのなんて言葉だけ。抵抗なんて出来る立場でもなく、慣らされきった体は熱と一緒に流されるだけだ。 「あ…っ」 チリチリと熱の花が、吸い上げられる度に胸元に咲いていく。 クソ緑は俺の全身を舐めたり齧ったりするのが大好きだ。 熱を持て余した体が辛くて辛くて、俺の方からもうやめろって泣きが入っても、全身くたくたにとけるまで舐めて吸ってしゃぶられる。 ほんと、獣かっての。 「そういや、テメェは、…やんねぇ、の」 は、と熱くなっていく呼吸の合い間に、短く刈りそろえた芝生みたいな頭をかき混ぜる。 「何をだ」 「ん、アレ…、なんか撮影に良く使うじゃん、変な道具みてぇなの」 撮影じゃ散々入れられたが、コイツ相手にそれを使われた事はなかった。 でも俺の撮影は必ず最初から最後まで見てやがるし、絶対そういう変態な趣味はコイツのだと思っていたんだが。 「入れてえのか」 「入れたいわけあるかボケ!」 「じゃあいらねぇだろ。ああいうの使うの、面倒臭ぇんだ」 よくわからねぇし、と獣が人の乳首を齧りながらのたまう。 「あー…」 成る程納得。こいつ絶対スマホとかも使いこなせなくてうっかりへし折るタイプだわ。 「それに、テメェこっちのがいい顔してるだろ」 「…ん?」 「キスしてやれば青い目が蕩けたみたいに綺麗に光るし、舐めてやれば全身の白い肌が珊瑚みてぇに色づいて美味そうだし、齧れば堪えきれない喘ぎがどんどん甘くなるし、もう入れてくれってテメェの方から強請るまでになったときなんか全身が…」 「わーっ!?わーーーッ!?」 表情も変えずに淡々と言うクソ緑に、俺は真っ赤になって跳ね起きた。 「ちょ、おまっ、なに…」 意味が脳内に届くほど、じわじわと全身が熱くなってくる。 なんだこれ、なんだこれ! 熱い頬に、がぶり、獣が噛み付いて咀嚼する。 べろりと目の玉まで舐められそうな舌に、ゾクリと背が震えた。 「ああいう道具使うとテメェ、嘘臭い喘ぎばっかで感じた振りしやがるだけで、全然表情が良くねぇ。だから俺との時は使わねぇ」 俺はそういうテメェの方が好きだ、なんて。 さらりとのたまう獣相手に逃げ出せる獲物が居たら教えて欲しい。 そうして心臓に牙を立てられてどこにも逃げられない俺は、そのままぺろりと今日も獣の腹の中だ。 あっ違うな、俺の腹の中に入るのは獣の方か。ってそんな下ネタどうでもいい。 本当に、なんてこった、畜生。 END |