Beautiful World
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 ガタン、ガタタン…
 心地良いリズムで座席が揺れている。
 流れる景色は穏やかで、空はどこまでも青い。
 
『次は〜……まもなく…〜です』
 温かな腕に乗っけた頭が、カクン、カクン、と電車の揺れにあわせて滑り落るのをうとうとした頭で堪えていたサンジは、その声にぼんやり目を覚ました。
 とろりとした感覚は、アナウンスに目的地の駅名を聞き分けた途端クリアになる。
「やべ、次じゃねぇか」
 サンジは白くて長い首をめぐらせて、自分の上でごおぉーと大口あけて爆睡している男を確認した。
 あたたかな腕はしっかりサンジの体に回したまま、幸せそうに緑色の髪が春の日差しに揺れている。
 その感触にうっとり眠りの淵に戻りかけて、サンジはぷるぷるっと頭を振った。
 ぺたぺたオレンジ色の水かきを駆使してなんとか抱えられていた男の腕を抜け出すと、小さい体をうんしょと伸ばしてサンジは白い羽を広げた。
 不安定なゾロの腕の上に立って、ぱたぱたっとその顔を両脇から叩く。
「オイ、起きろ。着いたぞ」
「ン……」
 しかしゾロはその感触をくすぐったそうにピクピク眉をしかめたものの、すぐにまたイビキをかき始めてしまった。
 ならばと、サンジは今度は太い男の首、丁度耳から顎にかけてのラインに白くてすらりとした自分の首をぐいぐいこすりつけてみた。
 ゆるく力強いゾロの鼓動がすぐそばで聞こえる。
 いいなぁ、なんて訳もなく思いながら、サンジはゾロの頬を押しながらふわふわと首の毛を乱した。
 
 しかし耳の下から押し上げるように揺すっても、ついでに硬いくちばしで左耳にチャリチャリ鳴っているピアスごと耳たぶをあぐあぐ齧ってもなんのその。
 ゾロはちっとも起きやしない。
 すると突然、ゾロの太い腕がにゅっと伸びてきてサンジの体をわしづかんだ。
 相変わらずむにゃむにゃ夢の中なので、これは無意識の行為らしい。
「ゾ……」
 頭から腰元までゆるく丸みを持ったラインに沿って撫でさすられれば、思わずうっとりと目が閉じる。
 サンジはこのゾロの手で撫でられるのが何より好きなのだ。
 口に出して言ったことはないけど、ゾロはいつもあーあーわぁってる、ちょっと黙っとけ、みたいに可愛いものを見るような目でサンジのことを抱きしめながら、全身に手を這わすのだ。
 サンジはいつも、それがチョット悔しい。
 悔しいけれど、実はとっても嬉しい。
 
 ゾロの手は白い羽の付け根のやわらかな部分に潜り込み、まるっとしたサンジの体の肉付きを味わうように撫でまわし始めた。
 どこかいやらしいその動きに、サンジはふるっと羽毛を震わせる。
「てめ、ヤメロ…ッ」
 しかもあろうことか不埒な手はそのままサンジの尻のあたりをまさぐりはじめて、サンジはちょっと愕然とした。
 例えあひるだろうがゾロは関係ないのだろうか。
 人間のモラルをあひるに考えられるのはどうかと思うが、ゾロはむしろ人間というより獣だった。
 そういえばと普段の行為をうっかり思い出して、あひるなので見た目じゃわからないがサンジは首まで真っ赤に染めて、あらぬ所に入れられそうになる指をまぁるいおしりをぴるるっと振って、慌てて避けた。
 それでもしつこくサンジの体の感触を追ってくる腕をぱしりと払い落としながら、サンジはあたりをきょろきょろ見回した。
 そして見える範囲に乗客がいないのを確認すると、サンジはうんしょと背伸びをした。
 といっても普通の背伸びじゃない。
 体も心も大きく伸ばす…他人に上手に説明はできないけれど、感覚的にはそんな感じだ。
 
 白いちいさなあひるの体が、ぐっと大きな形に広がった。
 そして次の瞬間そこには、真っ白な肌をしてさらさらとした金髪の、一人の男がいた。
 スラリとした細身のボディは程よく筋肉もついていて、肩甲骨のくぼみから日に焼けていない小ぶりな尻までのラインが目にまぶしい。
 人の姿になったサンジは、ゾロの膝にぺたりと跨ったままぺちぺちとその頬をはたき始めた。
「オイ、くぉらクソハゲ、起きろっ」
 人の姿に成れはするけど、洋服なんてものは間違っても都合よく生み出せたりしないので、サンジは勿論マッパ状態だ。
 全裸の男が電車で眠った男の膝に跨っている。それはなんだかとても異様な光景だ。
 別にサンジは気にしないのだけれど、他の人間に見られるとゾロの目が急に血走って周りの人間をエライ殺気で威嚇しはじめ、挙句サンジ自身もなんだか訳もわからぬまま気づけば無体なことをされてしまっているので、最近はゾロ以外にこの姿を見せないようにしている。
「オラ、ゾロいい加減に起きろッ!」
 サンジはウラッと気合を込めて、ぱかっと間抜けに空いたままのゾロの口を塞ぎに掛かった。
 最終手段だ。呼吸を止めてしまえばいくら何でも起きるはず。
 しかしゾロは平気で数分は呼吸を止めても気づかないので、そこは根気の勝負なのだ。
 
 サンジはゾロの鼻を片手で塞ぐと大きく息を吸い込んで、今はくちばしとは違って柔らかくなった自分の唇をあんぐり開けると、ゾロの口にぱくっと被せた。
 
 ちなみに両手を使って口を塞ぐのは反則なのだそうだ。
 男なら拳と拳、口は口で塞げとゾロから教えてもらった。
 けれど鼻を鼻で塞ぐ格好はどう頑張っても無理なので、そこは割愛する。
 サンジもあひるなりに学習しているのである。
 
 むぐ、とゾロのイビキが止まる。
 負けるものか。
 サンジはむーっとゾロを睨むと、息が漏れないように隙間なく唇を合わせた。
 んが?むご、とゾロの舌が苦しさのあまりじたばたもがくので、サンジはがじっとその先端に噛み付いてやった。
 
 すると突然ゾロの手が、剥き出しのサンジの尻をぐっと掴んだ。
「んァ!」
 びっくりして叫んだ拍子に思わず唇を離してしまって、サンジはむっと眉をしかめた。
 勝負だったのに…しかしそう思ったのもつかの間、目の前に真っ赤になったゾロのギラギラした目が迫っていた。
「あ、起きた」
「テメェ…なにしてやがる」
 起きたってことは俺の勝ちだな、へへっとサンジ笑うと、ゾロはますます怒ったようにサンジを睨むとぐいっとその体を抱き寄せた。
 おお抱っこ。
 あひるじゃなくたってゾロに抱っこされるのは大好きだ。
 笑いながらあひるの時のようにゾロの首筋にぐいぐい頬を摺りつけると、むくりとしたモノがサンジの尻のあたりを押し上げた。
「あ?なんでコッチまで起きてんだテメ…」
 不穏な感触に文句を言いかけたその口を、今度はゾロが塞ぎにかかった。
 お?二回戦だな負けネェぞこんにゃろう、と俄然闘志を燃やしたサンジだったが、再び車内アナウンスが鳴って慌ててゾロの背を叩いた。
『…〜です…お降りのかたは、お忘れもののないよう……』
 ぷしゅー、と息を吐いて電車の揺れが止まる。
「ッ、おいゾロ!降りねぇといけ……――」
 じかしゾロはそのまま、サンジとの二回戦を延長に持ち込んだ。
 
 
 ガタン、ガタタン……
 緩やかに電車が走り出す。
 
 こうして一人と一匹の旅は、青空の果てまでどこまでもどこまでも、続いていくのである。







*END*



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サン誕第4弾。もはや3月に作った話はなんでもかんでもサン誕話です。
某あふ●っくのCMパロ。
カクンと座席からすべり落ちるあひるの首と、ぱたぱたっと飼い主?の頬を叩くシーンがたまらんかった…。

06.03.18