泡恋 14
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 きっかけは、サンジの体につけた跡を翌朝散々責められたことだったと思う。
 
 力のままに抱いて、蹂躙して、サンジの白い肌の上には至る所にゾロがつけた赤黒い鬱血が散っていた。
 頭に血が登りすぎていて、そこまで考えずに本能のままにしたことだ。最初の頃は力加減をわからなかったせいもある。SEXですら、互いに喧嘩の延長といった雰囲気だった。
 けれどサンジは、ゾロを責めた。女に見られたら困ると言う。
 ゾロが一晩かけてつけた痕跡を薄暗い格納庫の朝日に晒しながら、昨晩の熱などすっかり冷めたいつものふてぶてしい態度で煙草を吹かして言ったのだ。
 
 最初の時、そのままではサンジの望まないことまでしてしまいそうで、自分がどこまで求めるのかわからなくて格納庫を背にしたのは確かにゾロの方だ。
 けれどその朝サンジに突きつけられてようやく、ゾロはサンジとの関係性に気付かされた。
 腹の奥がもやもやしたもので重くなったけれど、何故だかはわからなかった。
 
 
 サンジと違って、ゾロにとってのSEXは趣味でやることじゃない。
 馬鹿馬鹿しいその事実にそう気が付いたのは、サンジと何度も体を重ねるうち割とすぐだった。
「ホイホイ女についてくのが趣味のてめぇと違ってな」
 その言葉にサンジはぐぐっと眉を寄せるとゾロを下から睨みあげた。
「じゃあなんなんだよ!」
「惚れたからに決まってんだろうが」
 
 サンジが言葉に詰まったように口を開け、そして急に真っ赤になった。
「し、処理とかもあるんじゃねぇの…?」
「テメェは女を処理だと思って使ってやがるのか」
 その言葉に黙りこんだ金髪に深々と溜息をついて、ゾロはがじ、と組み伏せていた白い肌の上に強く歯を立てた。
 
 
 『好きになったなら、優しくしてやりたい』
 それは望まぬサンジにとっては決して叶わないであろうゾロの本心だった。
 自分たちのSEXは甘さなんて含まない。
 本当はもっと穏やかに、優しくしたい。けれどそんな思いは笑いながら自分を煽るサンジを見ればすぐに吹き飛んでしまう。
 滾る欲望のままに壊してやりたいと、何度思ったか。
 二面する自分の思いを持て余しながら、それを忘れようとゾロはいつも荒々しくサンジを突き上げた。
 
 勿論サンジはそんなゾロの思いなんて知るはずもない。しかも町に行けば女と寝てきたんだろうとからかわれる始末だ。
 あえて否定はしない。あんなんじゃ全然足りない。そう言えばサンジはいつものように笑った。
「だってテメェじゃねぇなら、抱いたとしたって足りるわけがねぇ」
 でもまさか、その笑いの裏でどんな思いを抱えていたかなんて、想像もしなかった。
 
 
 
 
「…で、他に聞きたいことはあんのか」
 
 上から落とされる声にサンジはふるふると首を振った。するとまた一つがぶり、と今度は首の横あたりに噛みつかれた。
 濡れた舌が肌をちらりと舐め、じゅっときつく吸い上げられる。
「てめ、そんな場所につけたらバレ…ッ、ぁ…」
「るせぇ」
 サンジの股間からはくちくちといやらしく濡れた音が絶えず響いている。一瞬強くそこを握られて、広げた両脚がビクリと震えた。
 相変わらず流れ続ける涙を拭いながら、サンジは上がる息を押さえて真上で悪い笑みを浮かべているゾロを睨みつけた。
 
 
 最後の島で鷹の目スタイルの漁師と意気投合したクルーたちは、ひさびさの陸地で飲めや歌えの宴会にもつれこんだ。
 漁師の捕った新鮮な魚をメインに作った大量の料理は好評で、サンジも数週間ぶりに思う存分腕を振るえて満足だった。
 肩透かしを食ったゾロと、偽の情報を掴まされたナミだけが最初渋い顔をしていたが、それでも酒と料理の前ではすぐに険も取れていった。
 男たちは漁師と一緒に陸地のテントで雑魚寝、女性陣だけが船に戻って寝ている。
 サンジは一人、明日の朝食の仕込みをしに船のキッチンに戻ってきていたのだが、一服しようと甲板に出たところでゾロに格納庫に攫われた。
 
 それからいきなり組み敷かれて、あれやこれや致されるうちに始まったのはゾロの大告白大会で。
 その口からもたらされる言葉と悪戯な手に、サンジは全身真っ赤にさせて震えるしかなかった。
「や、優しくするんじゃねぇのかよ…ッ」
 ちゅるり、首から胸の突起、やがて脚の付け根へと降りて行った舌が、敏感な皮膚を舐めていく。その上から歯を立てられる。
 先ほどからサンジが今まで勝手に推測していた事が間違いだったとわかる度に、ゾロはこうしてサンジの肌に跡を残しているのだ。
 チリっとした痛みに耐えながら訴えれば、ゾロはサンジの股間から顔を上げた。
「あ?優しくしてやってるじゃねぇか」
 ゾロの指がサンジの先端の皮を丁寧に剥き下ろし、再びそのくびれに舌が這わされる。
 まるで掃除でもするかのように、隅から丁寧に丁寧に。
 でもそれは生殺しだ。むしろ虐めているようにしか思えない。
 もどかしい快感に爪先を丸めて、はっはっと熱い息を逃がしながらサンジは喘いだ。
 
「そんな、じゃ、なくて……ッ!」
「とりあえず俺は全部言ったからな、今度はテメェの番だ」
 サンジの液で濡れそぼった指でくるり、後孔の周りをなぞられれば、ぶるりと背筋が震えた。
「賭けとやらについて、話してもらおうじゃねェか」 
「……ッ」
 きゅう、と唇を噛めば、ホロリと涙がまなじりを伝った。
 
「だんまりたァ、いい度胸じゃねぇか」
 ニヤリと笑ったゾロの指が、ずぷりとサンジの中に潜り込んだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
「……で、てめぇは挙句に涙まで出ねぇようにしたってのか?!」
「ひッ……ァ、あぁっ!」
 床に這いつくばり、後ろからゾロの怒張したものにぐりぐりとポイントを責められてサンジは悲鳴を上げた。
 しかも前は塞き止められたまま解放されず、挙句ゾロの手によって更に先端をくじられる。
「こんなになるまで全部我慢してやがったのかよ!」
「あァ…ぅ…ッ」
 ガクガクと頷けば、背後でゾロが苦々しく「馬鹿野郎が」と呟いた。 
 
 痛みと快感に翻弄され、意識を朦朧とさせながらサンジは結局賭けの内容を全て白状させられた。
 言えば言うほどゾロの責めは我を忘れたように激しさを増していって、もう全身どこまでが自分の感覚だかあやふやになるほどドロドロのぐちゃぐちゃだ。
 涙なんて出すぎて、赤くなった目元から流れるのは溜め込まれていたものなのか、それともゾロの仕置きによるものなのかすら判別つかないくらいだ。
 
「テメェ、二度とそんなん、許さねぇからな」
「あ、あッ…――」
 荒い手つきでゾロがサンジの根元を戒めて怒鳴る。
「しねぇって約束しろ!!」
「あ、ッ…しな……もうしない、から…――ッ!!」
 
 床に爪を立てて叫んだ途端、背後からズンと突き入れられて熱い飛沫が中で弾けた。
「あ…ふ、ァ…、あ――ッ!」
 同時に緩められた性器から快感が駆け上り、目の前が一瞬真っ白になる。
 塞き止められていたものは勢いよく飛び出てもすぐには収まらず、長くゆるく、とぷとぷと溢れて床を濡らした。
「あ…ぁ…」
 ゾロの手がサンジのものを包み、イッたばかりでまだ痺れた感覚のそこを優しく扱いた。開きっ放しの口からとろりと涎が零れ落ちる。
 
 力の抜けたサンジの体をゾロは裏返して抱き起こすと、濡れた口元を舐めて拭った。
「ふ……」
 赤く腫れぼったい目も、ベロリと肉厚の舌で癒される。
 サンジはくたりと沈みそうになる体をゾロに預けてゆるゆると息を吐いた。
 ちらりと見えた自分の体には色んなところにマーキングがされていて、明日はきっと腕まくりもネクタイを緩めることすらかなわないだろう。
 独占欲。
 それはくすぐったいけれど、ひどく嬉しい。
 けれどすごく恥かしいので、朝腰が立つようになったらサンジは間違いなくゾロに蹴りを入れてしまうだろう。
 
 ほう、と息を吐いたサンジの頭を、ゾロの手が撫でた。武骨な指がぎこちない動作で髪を梳く。
 気持ちがよくて、サンジはうっとりと目を閉じた。
 なんだか怒涛の数週間だった。抱きしめられるこの体温が、未だに夢のようだ。
  
 
 あれから船に、彼女の気配は微塵も現れることはなかった。
 今考えれば彼女にとって、本当に愛した云々はただのタイミングでしかなかったのではないかと思う。
 この船に乗る前、サンジだって恋のひとつやふたつしたものだ。
 でもそれらのレディたちよりも、ゾロなら、サンジが賭けに負ける可能性が大きかったから。
 だから彼女は現れた。
 
 
 ……でも。
 体と一緒に蕩けそうな意識の中でサンジは思う。
 あれだけの妨害をされて、仲間の命と自分の使命を揺さぶられて、なおかつここにしがみ付いていられたのはきっと、ゾロだったからだ。
 揺ぎ無いゾロだからこそ…認めるのは悔しいけれど、自分は立っていられた。荒波に揉まれる自分の腕を、ゾロは掴んで引き戻してくれたのだ。
 そしてこうして今、この体温を分け合っていられる。
 
「あ」
 サンジの声に、ゾロの手が止まった。
「どうした」
「涙、止まったかもしんねぇ…」
 肩口からサンジの顔を引き剥がして、目元をゾロが覗きこんだ。
 その真っ直ぐで必死な色に、サンジは笑う。
(ああ、もう手放せねぇなァ――)
 今なら彼女の気持ちがわかるかもしれない。
 大好きな相手も、ずっとずっと自分だけの物に、懐で大事にしておけるのだ。
 この先どこかで道が分かれることになろうとも、例えどこかの空の下で華々しくその命が散っても。
「あ」
 じわり、込み上げるものがあってサンジは目を瞬かせた。
「…やっぱり止まってねぇじゃねぇか」
 顔をしかめたゾロにむぎゅ、と鼻先から硬い胸板に押し付けられて、サンジは声を立てて笑った。
 
 だけど今、こうして抱き合えるからこその、幸せなのだ。
 気付かなければきっと、なくしていた存在。
 淡く消えていたかもしれない、恋心。
 
 
 その温もりを消さないように、サンジはぎゅっとゾロを抱き寄せた。
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 *終わり*

 
 
 
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 これにて泡恋、終了です。
 去年の夏から実に1年以上かかってしまいましたが、ここまでお付き合いをいただいてありがとうございました!
 まさかこんなにのびのびになるとは思いもよらず…でも書いている話の中で一番コメントを頂いたお話でもあります。
 すれ違いゾロサンは自分でも大好物なものの、途中何度も筆が止まりました。でもその都度コメントなどのお声によって
 励まされてなんとかここまでこぎつけました。
 この話が少しでも皆さんのゾロサンソウルに響いてくれたらいいなぁと思いつつ。また次のお話も頑張ります!
 
 
 07.10.31