エイプリルの夜に |
そうだ、嘘つこう。 と、俺がその時思ったのは、単純に疲れていたからだ。 入学や新入祝いの予約で埋まったレストラン、片付けも終わって帰路に付けたのは日付も少し変わる前。今日の客はまた大変お行儀がよろしくて、心の中で何度蹴りを入れたことか。特に俺のこの華麗なる太腿をお気に入り召されたらしいあのご老人。ああクソ腹が立つ!俺が魅力的なのが悪いんだなスイマセンねぇ! ついでに言うなら大学が春休みに突入して以来、一度もあのクソ緑を見ていない。 緑萌えるこの季節に、肝心のあの野郎が。 つまりはそう、疲れていた上の八つ当たりだ。 帰宅したばかりの部屋に鞄を放り出し襟元を緩めながらタブレットを取った。 数回のコールに、低い声が出る。 それだけでなんでか嬉しくなって、俺はにひひと笑った。 悪戯を仕掛ける前の子供でしかなかった。 『ようマリモ』 『あんだアヒル』 『聞いて驚くなよ?なんと、俺は、お前が好きだ〜♪』 嘘とは言え面と向かって言うにはやっぱり抵抗があって、最後は歌ってしまったがまぁよし。 『……あ?なんだ突然。酔ってんのか』 『ヒントは〜今日〜♪』 『あぁ?』 予定ではそのまま切って、0時を跨いだら即効『エイプリルフールだ馬ー鹿 m9(^Д^)』って送る予定だった。 なのに。 『俺のどこが好きなんだ』 即効で返ってきた言葉に、俺は切るタイミングを失った。 『あ?えーと…』 思わず言葉に詰まっていたら、電話の向こうでなんだかニヤニヤ笑う気配を感じた。 あ、これはアレだなクソ野郎。 嘘だとわかっていながら仕返しする気だなクソ緑。 いいだろう受けて立つ。 俺は再び余裕の表情で、今まで言えなかったことを嘘に乗せて言うことにした。 『そうだな、まずは首だろー』 俺にはない全身の太い筋肉と骨格。俺の飯を食ったらもっと凄いのにしてやれんのにな、っていつも思うんだ。 体の好きな部分を挙げてやれば、なんと『それから?』と聞き返してきやがった。 『まずは、ってことは他にもあるんだろ』 『あ?うん、まあそうだなあとは…』 もう一度言う。 俺は疲れていたんだ。 体も頭も疲れていて、俺はなんでマリモの何処が好きなんだと一生懸命考えてるんだろうとハッと我に返ったのは、話し始めてだいぶたってからだった。 『…てか、そういうわけだからとりあえずもう切るぞ』 『ちなみに俺もお前が好きだぞ』 『へいへい』 今更俺と同じ嘘ついたって新鮮味もないんだぞこの野郎。 俺は欠伸をしながら切ったばかりの端末を放り投げる。 とりあえずシャワー浴びよう。 脱いだボトムをベッドに放り投げて、湯沸かし器のスイッチを入れに行く。 キンコン。 その時突然、玄関のチャイムが鳴った。 一人暮らしのアパートの、古いチャイム。 「なんだよこんな時間に」 ちらりとベッド上の時計を見れば、0時14分。 キンコン。 まるで催促するかのように、再びチャイムが鳴った。 あんだよクソ酔っ払ったお隣さんとかだった速攻蹴るぞこの。 ぺたぺたと裸足のまま玄関へと向かい、そして俺はそのドアを開けた―――。 END |