Calling 6
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 パァンッ!と突然横から叩かれるような衝撃があった。
 風圧にも似たその力に、サンジの手からナイフが弾き落された。
 次いで予備動作も見えぬその動きに今度はわき腹を吹っ飛ばされて、サンジはそのまま船の欄干に背中からぶつかった。
 
「…にしやがるッ!!」
 直ぐに立ち上がって、甲板に目を向ける。
 
「…それはこっちの台詞だ。なにしてやがんだ、テメェは」
 そこには燃える目をして、刀を鞘ごと握り締めたゾロが仁王立ちしていた。
 
「テメェには関係ねーよ」
 チッと舌打ちして甲板を転がったナイフを拾いあげようとしたサンジの横で、空気が動いた。
 気づいたサンジが身を翻せば、一瞬の差でゾロの鞘がその場の空を切った。
「……てめぇ!」
 ゆらりと殺気をにじませてサンジも脚を振り上げた。
 払い、かわされて上段、中段と流れるように繰り出す蹴りを、ゾロが一振りの刀で次々に受け止める。
 サンジは苛々とこみ上げるものを足に乗せるように打ち込みながら叫んだ。
「俺のことが嫌ならのこのこ近寄ってくんじゃねぇよ!!」
 こっちはただでさえ、嫌われたと知った今ですらその腕や背に焦がれてたまらないというのに。
 ゾロの動きのひとつひとつだって、こんなに。
 
 サンジの言葉に、ゾロはアァ!?と眉を吊り上げた。
「何アホなこと言ってやがんだこのグル眉がッ」
 その言葉にカチーンッときたサンジも負けじと言い返す。
「んだとこの緑ハゲッ!嫌そうな顔してやがったのはどこのどいつだよ!!」
「アァア!?いつ!」
「いつもだよ!こんの腐れマリモッ!!」
 ゾロはぐぐっと眉間に更に深い皺を刻むと、おもむろに何かを押さえ込むようにふーっと長く息を吐いた。
 
「てめぇはこの船に乗ってただでさえ傍にいつかなくなったってのに……」
 ゾロはそこで刀を腰に差し戻して腕を組み、きつい視線でサンジを睨んだ。
「たまに寄ってきたかと思えば、置いてきた男ばっか思い出してやがって……!」
 
「……はッ…?」
 今度はサンジが動きを止める番だ。
 何か今、とんでもないことを言われたような。
 
「ちょ、まて。なんだそれ…!」
「気付いてないとでも思ったのかよ」
 顔をしかめてゾロは吐き捨てた。
「そりゃ俺だって面白くねぇ。嫌な顔ぐらいする」
 
 えーと。
 ちょっと、ちょっと待て。
 置いてきた男ってのはなんだ。
 あの島でゾロが知ってる男ってのは一人しかいない…ギン、のことだろう。
 
「あ、あいつとは――別に、そんなんじゃねぇ」
 思い当たったサンジの様子に、再びゾロは口を歪ませた。
「じゃあ何だってんだ。大体あの島で見せ付けて来たのはてめぇだろうが」
「それは……」
 ゾロを諦めさせるためにやったことだった。
 形だけの、ギンとの初めてのキス。
 
「あいつと会えないのがそんなに寂しいかよ?もの欲しそうに俺のこと重ねて見やがって…ッ」
「違ッ!それはッ……」
 それは、ゾロが欲しかっただけだ。
 ゾロの体、ゾロの存在そのものに欲情していただけだ。
 しかしそんなこと、面と向かっていえるはずもない。
 でも……このゾロの言い分だと、まるで。
「アン?」
 突然ふわふわと首筋を赤くし始めたサンジを、ゾロが不審げに見やる。
 
「あー…その、アイツのことはもう考えてもねぇよ」
 へにゃりと眉を下げて、サンジは目の前でなんだか問い詰める気満々の男を見た。
 なんだこれ。まるで彼女の不貞を暴く彼氏のようなこの構図。
 
 サンジが他の男を思い出すのは面白くない、だから嫌な顔をする、とゾロはそう言った。
 それはつまり。
 
「もう切れたってことか」
「いや、切れたっていうか、元々切るものもなかったっていうか…」
 煮え切らないサンジの口調に、ゾロは苛々と舌打ちする。
 その様子に、サンジの鼓動はますます早くなるばかりだ。
 多分もう、耳まで真っ赤だ。
 
「ゾロ、てめぇ……もしかして俺の事が気持ち悪い訳じゃないのか?」
「あ?」
「俺に触られるのが嫌な訳じゃ……」
「あるわけねぇだろ」
 何馬鹿なこと言ってんだと言わんばかりに、苛つく口調で即答された。
 
「ああ、でも…誰かの代わりにされんのは御免だ。腹立ってしょうがねぇ」
「……ッ」
 それは。
 それはつまり?
 
 ふいにゾロの腕が、サンジの手首を掴んだ。
 
「てめぇ、どうしてそこを傷つけようとする」
「へ?」
「あの時も、そうだった」
 ゾロの手に比べるとサンジの肌の白さは特に目立つ。
 取った手首の傷を、ゾロの親指がゆっくりなぞった。
 あの嵐の日。ゾロと永遠に別れてしまうことの深さに、気付いた日。
 
「この傷、消してぇのか」
 ざらりと撫でられるその感触に、小さく肌が粟立った。
「俺との交わりを、断ちてぇのか」
 ゾロの目の色が、ふっと沈んで、サンジは目を丸くした。
 
「お前……覚えてたのか?この傷」
「当たり前だろうが」
 見れば子供が拗ねた時と同じ、少しふくれたゾロの顔。
「覚えてた……のか」
 覚えていた。
 ゾロもちゃんと、この傷の意味を覚えてた。
 それだけでサンジの心が喜びに騒ぎ始める。
 ふわりと零れるように笑ったサンジの表情に、奪われたようにゾロの指が止まった。
 
「逆だよ」
 静かに、サンジは手首の力を抜いた。
 幼い時何度も傷つけたそこは、ためらい傷のように周囲にも跡が散らばっている。
「…逆?」
 確かめるようにそっと、再びゾロの指の腹が愛でるようにサンジの傷跡を撫でる。
 
 
「……この傷から、ゾロ…俺はテメェが、もう一度欲しかった」
 
 
 真っ直ぐ目を見て告げたサンジに、ゾロの目が驚きに開かれた。
 ぐ、っと手首を握ったゾロの手の平に、熱がこもった。
 
 
 
 
「あー、あー、キミタチ、喧嘩はやめたまえ〜〜」
 
 
 
 どこからか情けなく震えた狙撃手の声が聞こえて、ぱっとサンジはゾロから手首を奪い返した。
 見れば震えるようにメインマストの影から音声拡張器を突き出している長ッ鼻。
 
「喧嘩じゃね……」
 言いかけたサンジの視界が、突然ぐるりと回った。
 青いお空と白い帆が逆さに映った途端、汗臭いジジシャツの背中に鼻先がぶつかった。
「…ッてめぇ!!」
 砂袋のようにゾロの肩に担がれ足をばたつかせるサンジの腰を、ゾロはがっちり掴んで離さない。
「うるせぇッ!おいウソップ、俺らはもう降りたってナミに言っとけ!」
「お、おう」
「わ、てめ、下ろせッ!」
 サンジを逆さに担ぎ上げたまま、ゾロは有無を言わせずそのままひらりと船を飛び降りた。





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つつつ続い(以下略)

06.06.30