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バレンタイン |
| 「…おいウソップ」 「…なんだ」 海賊狩り、と影でささやかれる、 ヘタするとその筋の人間なんじゃないかってほどの面構えのゾロが 隣の席から怖い顔を更に険しくして低い声で凄んでいる。 同じ課で同期の男のそんな姿が、しかしただの拗ねた獣のものであると知っているウソップは 今抱えている案件の書類に目を通しながら応えた。 「サンジが」 口に出た名前はやはり同期の、今はプロジェクトが違うがよくつるむ男のものだ。 「サンジが？」 「すげぇ満面の笑みでチョコを練ってやがったんだ」 「…ハァ？」 チョコという単語で思い出すのは昨日のイベント行事。 なるほどあの料理好きならそれに自ら乗っかって何かしでかしたのかもしれない。 ジイさんの店で出したかもしれないしな、とそこまで考えをまわしたところで ぐるる、と獣のうなりをきいた。真横から。 ちょっとサンジくんちゃんと餌やってんの？と思わずパーテーションの向こうに念派を送る。 お宅の魔獣が飢えてますよー！とできれば叫びたいくらいだ。 「俺は甘いものが苦手だ」 「……おう、そうだったな」 突然の独白に頷けば、ゾロの手にしていたものがぎり、っと嫌な音を立てた。 手にしているのは、それはマウスか。握力鍛える道具じゃないんだから強度には限界が。 「それを『全部テメェにやるぜ』なんていうから、思わず」 なんだかいやな予感にウソップは書類をめくる手を止めた。 そういえば昨晩、今夜は飲むから空けておけとのメールが魔獣の飼い主から送られてきていたのを思い出す。 「いや全部はいらねぇ、って言ったんだ」 ウソップは頭を抱えたくなった。 それから先の展開は、見なくてもわかる。 そしてこのまま行けば、その余波に巻き込まれる自分の姿までも。 ウソップはあーコホン、と咳払いをするとゾロに向き直った。 「いいかゾロ、昨日は何の日だった」 「あ？」 間抜けな顔に、一体昨日テメェは何人の社内の女子からチョコ貰ってやがるんだ！と叫びたくなったが そこは紳士なウソップさまだ。軽く笑顔を作ってかわいそうな魔獣にレクチャーしてやる。 「昨日は天下のバレンタインだ」 「なんだそりゃぁ」 オマエは一体どこのサムライだ！ と突っ込みたくて手がウズウズしたが、それもぐっと堪える。 「バレンタインってのはな、チョコに愛情をたっぷり乗せて、だーい好きな相手に食べさせる行事のことだ」 ゾロの眉がピクッと動く。 「サンジの愛情を、お前は拒否したんだな？」 ガタン！と席を立ちかけた魔獣を、ウソップはすかさず待て！と押し留めた。 「まぁだ話は終わっちゃいねぇ。大事なのはここからだ」 わざと声を落とし真剣な表情を作ってやれば、ゾロの目も真剣な光を帯びる。 「サンジは料理人だ」 「おう」 「作ったものを、捨てるなんてこたぁしないよな」 「…おう」 「じゃあオマエが受け取ってくれなかった愛情たぁ〜っぷりチョコを、サンジは一体誰に食べさすんだろうなぁ？」 ガタン！と今度こそ椅子を蹴倒してゾロが立ち上がった。 そして憤然とした勢いでフロアを突っ切っていく。 その後ろ姿を見送って、ウソップはやれやれと肩をすくめた。 サンジのチームは今朝は…ああ会議室Ｂでミーティング中だな。 頭の中でこれから起こる事を想像して他の社員にちょっぴり同情したが これもすべては今晩の自分の安全のためだ。 今晩はこれで予定があくだろう。 代わりに昨日の御礼にカヤをどこかへ誘ってみようかなと考えて、 ウソップは数個離れた部屋から聞こえる喧騒に聞こえないふりをした。 **おまけ** 会議室の扉がまるで道場破りのごとくバターン！と開かれた。 なんだか見覚えのあるシチュエーションにあ？と首を巡らせれば そこには慣れ親しんだ緑頭がいて、サンジはあんぐりと口を開けた。 ふーっふーっと荒い息を吐いた魔獣はサンジにぴたっと目線を合わせると 「サンジ！テメェの愛情は全部俺のもんだ！！他の誰にもやらねぇからなッ！！」 そりゃもう大声でのたまった。 「ば…ッ」 がーっと首まで赤く染めて、サンジは手元の書類をバサリと落とした。 どこか哀れんだような同じチームの目線を痛いほど感じながら、 サンジはとりあえず昨晩思い切り蹴飛ばしたわき腹を 今ひとたび渾身の力を込めてシュートした。 |
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