ぽにょ! その1 |
「俺の事好きだって言ったのに」 ずび、とアホな金髪が鼻を鳴らしている。 黙々と帰り道を歩く俺の背中で。 正確には俺の首にがっつり手を回し、脚で胴を挟み、その背中にぴたりと全身でおぶさってぶちぶち文句を垂れている。 制服のシャツの襟元が金髪の吐く息で暖かい。 毎度の事なのでもう慣れたし、鍛錬だと思えばどうってことない軽さだ。 だけど心頭滅却、なんて呪文を唱えなければ行けなくなった最近では、こうやってしがみ付く金髪のアホが憎い。 でも脚力が強いアホは、どんだけ振りほどこうと思っても埒があかないのだ。だからゾロはいつも、薪を担いだ銅像のごとく黙々と帰り道を歩く。 「忘れたとは言わせねぇぞ!お前も俺の事好きだって言ったんだ。お前が俺に脚を与えて、一生涯の相手として選んだんだぞ!!」 なのにこの扱いはなんだ!とアホが叫ぶ。 「…魚のままがよかったかよ」 「違う」 ゾロの問いに即答するのもいつもの事だ。 ずび、と耳元に金髪が顔を擦り寄せる。 「…お前も言え」 「なにを」 「全身全霊を込めて、俺を愛してると!」 言えってんだチクショウ!! 叫びとともにギリギリと首が絞まる。 ハァ。ゾロはため息を付いた。 一緒の家で暮らし始めて早10年。 最早何千回目かもわからないその台詞に、心中何千回目かもわからない返事を返すなら。 あの時、恐らく人生で数度あるかないかの選択を迫られた時。自分はまだ幼稚園児だったのだ。 目の前には、不思議な力で人間の姿をしていた可愛い金魚。 ああ、悔しいが認めるなら、アイツは本当に可愛かった。 だから好きか嫌いかで聞かれたなら、単純に答えは「好き」に決まっているだろう。 でもその「好き」か「嫌い」かがまさか、生涯愛する相手として認めますか否か、に直結しているだなんて。それはサギだ。 幼稚園児の言う「LIKE」が「LOVE」と一緒なわけないだろう。 でもそんな事言おうもんなら、こいつはアホだから。 その青い目を真ん丸く開いて、小さく聞こえない何かを呟いて、すとんと俺の背中を降りる。 そんできっと、海に帰るとかアホな事を考え始めるに違いない。 そんなアホな行動を考えると、ますます軽そうな金髪頭を殴ってやりたい衝動に駆られる。 再度ため息をつくゾロの耳元で、アホがごし、と襟元に鼻を擦りつけて小さく拗ねた声を出した。 「アイツは好きだって言ったのに」 「……あ゛んだと」 腹の底から低い声が出た。頭から呪文が消し飛ぶ。 「誰が、好きだって」 「?お前」 「違う、そこまで戻るな。オマエの事を、誰が好きだって…?」 「え、隣の組の、名前は知らねぇ」 基本アホは男の名前を覚えない。でも隣の組でコクりやがりそうな野郎には心当たりがある。 ゾロのこめかみがに小さく青筋が浮いた。あの顔面隈野郎、シメる。 いい年した学生が奇妙な体勢で歩く姿はもう近所中の評判だ。お帰りサンちゃん、なんて声を掛けられたアホが遠くに手を振る。 その手をがしっと掴み、ゾロは一気に後に張り付いたアホを引き剥がすと草むらに押し倒して煩い口を塞いだ。 悔しい事に10年経った今でも、好きか嫌いかを問われたら、その答えは迷いようがないのだ、結局は。 おわり! |