な ご り |
窓辺にもたれて窓を開け、サンジはゆったりと煙草をふかした。 小高いレストランの窓からは、一面真っ青な海が見渡せる。 いい天気だ。穏やかな風が前髪を柔らかく浚う。 こんな日はきっと大漁だ。笑顔で帰ってくる男達の為に、今晩は沢山腕を奮わなければ。 そのメニューを考えれば自然と口端が綻ぶ。 サンジは静かに煙を風に溶かした。 漁師町で唯一の酒場は昼間はガランとしている。 ランチも取り扱っているので一応開けてはいるが、小さい島なので来るのは珍しい旅行者くらいだ。 サンジはぼんやり、左手を目の前にかざして眺めた。 この島に来てから、この行動がすっかり癖になってしまった。 左手の薬指の付け根、ふとした時に、そこがジン、と熱くなるのだ。 ただの痛みとも違う、うずくような、そして少し、寂しくなるような。 指輪でも落として来たんじゃねぇかと、口々に町の男達はそうサンジを冷やかした。 だが拾いに行くにしたって、きっと今はもう深い海の底、女神様の宝箱の中だろう。 場所が場所だけに、指輪という可能性はあながち間違いではないかもしれない。 けれど冷たい石の感触とは違う、もっと熱い何かだった…ような気がする。 自分は一体何を忘れてきてしまったんだろう。 思い出すことはできないけれど。 サンジは小さくため息をついた。 (何処に置いてきちまったのかなぁ、愛しい俺の…) 思い出したいような、でも何故か勿体無いような。 焦りではなく、ただ少しだけ残念な想いで、ちゅ、と薬指に唇を押し当てた。 「……なんのまじないだ」 不意に声が掛かった。 目線をやれば、この部屋に唯一いた客の男だった。 数日前からこの島に居て、朝昼晩と飽きもせずここに飯を食いに来る。 野郎が食べる姿に興味はなかったので意識の外に追いやっていたが、男は席を立つとずかずかとサンジの立つ窓辺までやってきた。 「別に、なんだっていいだろう」 「よくねぇ」 男の手が伸ばされ、奪うようにサンジの左手を掴んだ。 ゴツゴツして厚い、サンジとはまた種類の違う手だ。 それに目線を奪われてしまった一瞬。 男が口を開けた。綺麗な白い歯が開き、そしてサンジの指先が吸い込まれる。 ガシリ、男に含まれた薬指。その付け根に歯が立てられる。 「……!」 ブワッと背筋が粟立った。 呆然と目を見開き、サンジは男を見た。 なんでレディ以外が俺の手を、とか。 ぬるめいた舌先に包まれた指が気色悪い、とか。 言いたい事は沢山あったけれど、まるで電気が走ったかのように全身の回路が一気に開かれ、ドクドクと忙しなく鼓動が跳ね上がり始める。 「毎日こうして刻んでやるって、あれほど言ったじゃねぇか」 今まで意識に入らなかったのが不思議な程の、鮮やかな緑の髪。 勝手に消えやがって、とサンジの指を咥えたまま、男が器用に呟いた。 ジン、ジン。 まるで自分の鼓動に重なるように、薬指の付け根がその熱さに打ち震える。 どうしようもなく叫び出しそうになる体を抑えるように、サンジはぎゅう、と片手でシャツを握りしめた。 |