日本昔話。 |
ゾロは山の中をさ迷っておりました。 次の町に行こうと街道沿いにずっと歩いてきたつもりでしたが、まぁよくあることなので気せず歩いておりました。 するとしげみのむこうで、なにやら黄色のかたまりがぴょこぴょこ跳ねております。 近づいてみると、それは小さなこぎつねでした。 見るとゾロの肩ぐらいの辺りまでしなった枝に成っている山ぶどうの実を採ろうと、果敢にジャンプしているようです。 しかし小さなきつねの身、なかなか実に届きません。 ゾロはしげみから出て、 「おら」 とその実をもぎ取ってこぎつねに渡してやりました。 突然現れた男にびっくりした様子で、こぎつねはしばらくゾロとぶどうを見比べておりましたが、やおらその場でくるりと一回転すると小さな人間の子供に姿を変えました。 髪の毛は毛皮のようにきんきらで着物を着て、5・6歳くらいでしょうか、きつねの姿に比べて幾分大きくなったものの、 やはり背丈はゾロの腰ぐらいしかありません。 こぎつねはピンク色の頬を膨らませて、背の高いゾロに負けじと背を反らして言いました。 「れ、礼なんか言わねぇぞ。…でも町までの道くらいなら案内してやる」 「そいつぁありがてぇ」 小さいくせに物怖じせず自分を睨みつける真っ青な目がどこか面白くて、ゾロは笑って答えました。 ぶどうを先に持って帰ってやりたいというので、ゾロはこぎつねの後について巣穴まで行きました。 穴の奥からのっそりと現れたのは、ゾロと同じくらいの背丈はあろうかという大狐でした。白い髭をみつあみにしてたくわえています。 そのただならぬ存在感は、腕に覚えのあるゾロですら気圧されるほど。 大狐はちらりとゾロを見やると、説明しようとするこぎつねを制してのそりと立ち上がりました。 「チビナスが世話になったようだな」 「いや別にそういう訳じゃねぇんだが……足を病んでるのか」 足元に視線をやったゾロを見下ろして、大キツネはふんと鼻を鳴らしました。 「まだろくに狩りができねぇのは確かだな。…そうだ、コイツをくれてやる」 大キツネがゾロに渡したのは、一枚のずきんでありました。 それは世にも不思議な頭巾でありました。 かぶればなんと、周りの動物たちの鳴き声が全て言葉となって理解できるのです。 ゾロがそのことに気付いたのは、いつものように町から住みかへと戻る為に山を歩いているときでした。 歩いているというか、いつものごとく迷っていたのですが、またこっちの道を入ってきただの町はあっちだのとその様子を小馬鹿にする小鳥たちの声が頭上からひっきりなしに聞こえてきたのです。 おかげでゾロはそれらの声を聞けば道に迷うことなく、家と町を行き来できるようになりました。 それからもうひとつ、面白いことに気付きました。 毎日行く手に現れては喧嘩を売ってくるのはあのこぎつねです。 人間の姿で、あれやこれやとゾロを誑かそうとするのですが所詮はこぎつねのやること。 木に握り飯が成っていたり、山道にいかにもという怪しい女がうずくまっていたり。 とっぴな光景に最初はびっくりもしたゾロですが、最近ではそれすらも楽しみでなりません。 見破られて頬をふくれさせるこぎつねは、ゾロが山を抜けるときには必ず人間の姿からこぎつねの姿に戻ってケーンケーンと小さく鳴くのです。 人間には解らぬきつねの言葉。 しかし不思議なずきんを被ったゾロには、それが今ではしっかり聞こえています。 『ちゃんと無事に家に帰れよアホゾロ』 だったり、また帰りが遅くなって月明かりも頼りない山道を歩いているときなどは 『お前の行く先を守ってくれますように』 などと祈りの言葉とともに狐火を燃やしてくれたりもするのです。 こぎつねはおそらく、ゾロに言葉が聞こえているとは思っていないのでしょう。 面と向かって恥かしいというような言葉は全て、きつねに戻って呟いているのですから。 そんなこぎつねが可愛らしく、またいとおしくもあるゾロなのです。 さて、先日ゾロはとても良いことを聞きました。 こぎつねはどうやら、自分と同じ年の姿にもなれるようなのです。 一度見せてもらったのですが、白く伸びた手足、そして細く浮き出た鎖骨は今以上にゾロの心を掴むものでした。 あとはどうやってずっとその姿でいてもらうか。 素直になれないこぎつねをなんと言いくるめようか。 そんなことを考えると、自然と帰り道も浮き足立つゾロでありましたとさ。 どっとはらい。 |